災害時の分娩施設での対応を考える 17 <原発事故への「現実的対応」>

今回の原発事故の経緯を振り返ってみて、妊娠中・授乳中の女性そして胎児・新生児・乳児という被曝の影響を最小限にする必要のある人たちを対象にして働いている周産期医療従事者として、原発事故あるいは放射線被曝を受けるような事故直後の「現実的な対応」とは何か、考える機会になりました。


やはり放射線被曝を防ぐ三原則「時間・遮蔽・距離」が大事であることが、今回の避難状況をみて理解できます。


<ヨウ化カリウムに対する知識と現実的対応>



原発事故の程度や状況にもよりますが、適切に避難(屋内避難も含めて)行われていれば、ヨウ化カリウムを予防投与する必要のある対象はかなり限定的になることがわかりました。


そして、50ミリシーベルトというヨウ化カリウムの予防投与が必要な大量被曝を受けた可能性がある場合でも、空気・水・食物からの内部被曝量を減らせるように安全な場所へ避難することにより1回投与で済むことなどを考えると、ヨウ化カリウムの予防投与の準備をする必要のある医療機関というのは、原発近隣の施設にかなり限定されるということになると思います。


ただし、予防投与を受けた妊婦・授乳中女性、胎児・新生児・乳児がさらに原発から離れた地域へ移転して転院してくる場合に備えて、正しいフォロー体制が必要になります。


平常時でも甲状腺疾患のある妊婦さんと胎児・新生児の管理は重要ですし、こちらの記事に書いたように新生児にイソジン(ポピドンヨード製剤)を使用したことによる一過性の甲状腺機能低下症のようにヨウ素の与える影響については周産期では基本的な知識かと思います。


日本産婦人科学会から2011年3月15日に出された「福島原子力発電所(福島原発)事故における放射線被曝時の妊娠婦人・授乳婦人へのヨウ化カリウム投与(甲状腺がん発症予防)について」の「4」を分娩施設勤務者は認識しておく必要があると思います。

4.上記治療を受けた妊娠・授乳婦人の新生児・乳児については甲状腺機能異常が懸念されるので、新生児においては生後ただちに、乳児においては適切な時期に甲状腺機能について精査する。TSH、freeT4等を測定し、必要であれば甲状腺ホルモン補充療法などを行う。

原発事故によって避難してきた妊婦さんや小さいお子さんがいらっしゃる方がいたら、予防投与がなされていたか確認する必要があることは看護スタッフも知っておく必要があるでしょう。


今回のような原発事故は二度と起きてはならないものですが、もしまた避難してこられる妊婦さんや新生児・乳児を受け入れる施設では、忘れてはいけない現実的な対応のひとつだといえるでしょう。


<「現実的でない対応」を正しく知らせる>


原発周辺の緊急避難が必要な圏内の住民にとって現実的に必要な対応(ヨウ化カリウムの予防投与、除染など)も、原発から距離が離れた地域の人には「現実的でない対応」になります。


ところが不安や恐怖のために、それ以外の地域では「現実的に必要のない対応」が広がりやすいのかもしれません。


特にヨウ化カリウムの予防投与に関しては、医療従事者でも被曝への不安から必要性のほうに意識が向きやすいし、情報としても伝わりやすいと思います。


けれども今回の事故のように実際には必要な状況がほとんど無いのに、ヨウ素を過剰に取る人が出る方がその影響としてのリスクを高めることにもなります。


医療従事者として放射線被曝を最小限にするための現実的な対応を知る必要とともに、「現実的でない対応」が広がってしまわないように正しく情報をつたえていくことも災害時の大事な仕事であると思いました。


そのためには放射線に対する基本的な知識を学びなおすとともに、自分が働いている分娩施設は原発からどのくらいの距離にあり、実際にどのような影響を受ける可能性があるのか、そしてそれに対する地域住民への現実的な対応とは何か、常に想定して備えておくことが大事であると思います。


そしてとりわけ災害時には周産期医療の関係学会から出される情報に注意して、できるだけ正しい情報を伝えられるようにしていく必要があることが、自分自身の反省点でもあります。


東日本大震災の際には、10日ほどたってやっと日本産婦人科学会や日本産婦人科医会の出す情報に気づいたのでした。




「災害時の分娩施設での対応を考える」まとめはこちら