産後のトラブルを考える 3  <出産年齢と排尿トラブルの関係>

1980年代後半から90年代にかけて私が助産師になって最初の10年ほどは、これまでも何度か書いてきたように出産する年代のほとんどが20代でした。
特に初産は10代後半から20代で、30代初産という方は珍しく「高年初産」としてリスクが高いという認識でした。


こちらの記事に書いたように、1992年ごろに「高年初産」の定義がそれまでの30歳から35歳に変更されました。


自分の分娩介助記録を見直してみたのですが、たとえば1993年に分娩介助した初産婦さんのうち30歳以上の方は2割程度でしたし、しかもその30歳以上でも初産・経産ともに35歳未満の方がほとんどでした。


当時は25歳前後に第一子を出産する傾向にありました。
その後徐々にというか、歴史の中で見れば急速に出産年齢が変化したといえます。


2000年頃の私の分娩記録では30歳前後で初めて出産する方の割合が増えて、20代初産婦さんの分娩介助の割合が減っています。
当然、第二子第三子を出産する経産婦さんの年代は30代半ばに集中し始めました。


さらに最近では、35歳前後の初産婦さんが多くなりました。


もちろんこれは私の個人的体験ですが、冒頭の記事で紹介した日本産婦人科医会の資料と実感があっていたわけです。



<出産年齢と排尿トラブルの個人的な印象>


自分の記憶に頼った内容なのでかなり認知バイアスがあるとは思いますが、20代初産が多かった時期には、産後の排尿トラブルも産褥早期の尿閉や軽度の尿漏れぐらいだった印象があります。


2000年ごろからでしょうか、大量に尿失禁をする褥婦さんへの対応の頻度が増えてきた印象があります。
ちょうど初産婦さんの年代が30代へと比率が移ってきた頃にあたります。


産後しばらくは悪露(おろ)といって子宮内からの出血が多いので、産褥用のナプキンはかなり大きなものなのですが、それでは間に合わないぐらいの尿失禁です。


そしてさらに、最近では入院中には改善せず、退院後にも多量の尿失禁が続く方がいらっしゃいます。
介護用の尿とりパットを購入しての対応が必要なほどです。
ちょうど30代後半から40歳前後の初産婦さんが増加した時期と重なっているような気がします。


<出産年齢と排尿トラブルの関係はあるのか>


産後の排尿トラブルへのケアについてまとめたものが少ない中で、1998年1月にメディカ出版から出された「助産婦のための退院指導マニュアル」の中には、「産後の排尿障害とケア」が統計なども豊富に提示されて書かれています。
内容についてはおいおい引用しながら紹介したいと思いますが、この中も「初産・経産婦」の比較はあるのですが、1998年ということもあってかまだ年代別の比較はされていないようでした。


最新の記事では、「周産期医学」2013年7月号(東京医学社)の「特集 高年妊娠・若年妊娠」の中で、前回紹介した資料と同じ中田真木氏が「高年出産後の産後指導:健康管理、QOL,次回の妊娠の視点から」を書かれています。


その中で産後の尿漏れについて、海外での調査ですが紹介されています。

出産様式と並んで、年齢は産褥期の尿失禁の発症を左右する因子である。
年齢と分娩様式の影響を比較する海外の調査で、産褥期の腹圧性尿失禁の保有率は、40歳前後の経膣分娩、40歳前後の帝王切開、25歳前後の経膣分娩の三者でそれぞれ38.5、10.7、9.8%であった。

ちなみにこの参考文献は以下の研究です。

Grountz A, et al:First vaginal delivery at an older age :Does it carry an extra risk for the development of stress urinary incontinence? Neurourol Urodyn 26(6):779-782,2007

中田真木氏は、「はじめに」の中で以下のように書かれています。

35〜39歳の初産は数が多く、経膣分娩に適するかどうかについて個人差が大きい。特に条件の悪い一部の症例は最初から帝王切開で出産するが、たいては自然の分娩開始もしくは医学的な誘導によって分娩開始を迎える。

ただし、若い年齢層と比較すると、この年齢層の産婦は分娩によって骨盤底支持組織や会陰の損傷、膀胱・尿道や直腸・肛門の機能低下をきたすリスクがあり、一部の人には恒久的な機能低下が残る。


私が最近対応している方は40歳前後の初産婦さんで、分娩後軽度の尿失禁はあったのですが退院後に徐々に悪化した方がいらっしゃいました。
また、分娩時には肛門括約筋断裂を起こすような裂傷もなかったのに、退院後に便失禁が出始めた方もいらっしゃいます。


あ、こんなことも起きるのかと、出産年齢が上がることの様々な影響を再認識させられた出来事でした。
もちろん、何も起きずに無事な方もいらっしゃいます。個人差があります。


40歳前後の初産の方も全体からみれば、わずかです。
その中で深刻なトラブルを抱えた方はさらにわずかかもしれません。確率的に低い「こんなことも起きるのか」ということが積み重なって、ようやく周産期医療に関わる人の「常識」になるまでにはまだまだ時間がかかってしまうことでしょう。


急激に出産年齢が変化したこの20年。
産後のトラブルについてのケアを早急に見直す必要があるのではないかと思うのです。





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