産後のトラブルを考える 4 <高年妊娠・出産の特徴と産後のQOL(生活の質)>

高年妊娠・出産とは、初産・経産に関係なく35歳以上の妊娠・出産のことです。


QOL(quality of life)について、wikipediaでは以下のように説明されています。

ひとりひとりの人生の内容の質や社会的にみた生活の質のことを指す。つまりある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度でとらえる概念。

食事や排泄、睡眠、清潔などを看護では基本生活動作と言い、生活を営むための基本になる部分です。


尿漏れや便失禁を常に気にしながらの生活というのは、著しく人の自尊心を傷つけることになりますし、QOLを下げることになります。
場合によっては、人生の大きな方向転換を迫られることにもなることです。


出産を機に、排泄というそれまで当たり前のように自立していた基本生活動作を損なわれる可能性を誰が想像することでしょうか。


あるいは排泄以外にもQOLに影響する全身の変化は、20代とは違うものがあることでしょう。


こちらの記事で紹介した「高年出産後の産後指導:健康管理、QOL、次回妊娠の視点から」(中田真木氏、三井記念病院産婦人科)という論文を参考に、しばらく高年出産後のQOL(生活の質)について考えてみたいと思います。


<高年妊娠の分類と特徴>


35歳以上の妊娠・出産といっても状況は様々ですが、論文の中では3つのカテゴリーに分けて対応することが書かれています。

 高年出産のマネジメントは、ふつう、高年初産女性、生殖年齢の終わりにさしかかった多産女性、若い時に出産経験があり後に新たなパートナーをみつけて出産する女性の三つのカテゴリーに分けて検討される。

これらのうち先進国では40歳前後で初めて出産する高年初産婦が急増しており、具体的な医学的対応へのニーズが大きい。

私自身の分娩介助記録を見直すと、1990年代前半にも40歳前後の分娩介助をした記録があるのですが、いずれも3人目とか4人目といった経産婦さんでした。


2000年を過ぎたあたりから、少しずつ40歳初産という方の分娩介助を経験し始めました。


さて、産む側の女性にすればあまり「高年」とは言われたくない気持ちがあるとは思いますが、現実を知ることも大事かと思います。
この年代の特徴を以下のように説明しています。

35〜39歳の初産は数が多く、経膣分娩に適するかどうかについて個人差が大きい。特に条件の悪い一部の症例は最初から帝王切開で出産するが、たいていは自然の分娩開始もしくは医学的な誘導によって分娩開始を迎える。

30代初産が増え始めた当初は、介助する際も緊張がありました。
「30代初産」というだけで、当時は十分にハイリスクという受け止め方でしたから。
ところがそのうちに30代初産、特に35歳以上の方の分娩件数が増えるに従って、思っていたほどの難しさは感じなくなってきましたので、「個人差」の範囲であるという一文は納得できるものです。


ただし以下のような特徴は、やはり「産後に排泄トラブルを抱える人が増えた」「トラブルが長期化する人が増えた」「便失禁のトラブルも出てきた」という私の印象が、あながち間違っていたのではないと言えるのかもしれません。

ただし、若い年齢層と比較すると、この年齢層の産婦は分娩によって骨盤底支持組織や会陰の損傷、膀胱・尿道や直腸・肛門の機能低下をきたすリスクがあり、一部の人には恒久的な機能低下が残る

会陰や膣の著明な復古機能は、恒久的なトラブルにならない場合でも性生活を妨げ次回妊娠を難しくする。
また、骨盤底の損傷や支持能力の低下、潜在的な排尿困難などは、長期的にみると性器脱や腹圧性失禁の原因になる。

さらに、全身への影響は以下のように説明されています。

 いずれのカテゴリーでも、加齢に伴う代謝能力の低下と血管系の老化は共通に起こっている。高年出産では、当事者も医療スタッフも妊娠前からの高血圧症と糖尿病の合併、妊娠による糖代謝脂質代謝への負荷、妊娠高血圧症、妊娠中から産褥期にかけての骨量現象などを踏まえる必要がある。

私の勤務先のクリニックでは、月によっては分娩の半数以上が高年出産のことがあります。


初産・経産に関わらず、高年妊娠・出産に対するケアを見直す必要があることをひしひしと感じています。


お母さん赤ちゃんが無事に出産を終えるという私達にとって最大の目標の後に、その後に続く長い人生のQOLを下げてしまった方々の存在にさえまだ気づいていなかったのではないかと、責任を感じるのです。





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