産後のトラブルを考える 5 <高年初産と母乳育児>

産後の排泄障害について具体的な話に進める前に、先日来紹介している「周産期医学」2013年7月号(東京医学社)の「高年出産後の産後指導:健康管理、QOL次回妊娠の視点から」(中田真木氏、三井記念病院産婦人科)の中に書かれている、高年出産の母乳育児への影響について、今回は考えてみたいと思います。


<母乳育児の二つの問題点>


中田氏は、「高年出産では、母乳育児にあたって二つの問題点がある」として以下のように書かれています。

ひとつは、乳汁の分泌量は母体年齢があがると減少し、高年初産ではしばしば乳汁分泌が不足することである
授乳期間に泌乳の不足する事態は、乳房のケアだけでは対応しきれないため、児の栄養のためにも適切な指導が求められる。

引用文で強調した部分について参考文献や研究は掲載されていませんでしたが、ようやく私が知りたかったことがこのように文章として現される時代に入ったといえます。


「高年出産の産婦さんへの母乳育児は、20代の出産が主だった時代と同じ方法でよいのか」ということです。


1990年代初めの頃に、当時まだ日本ではごくわずかの施設でしか導入していなかった母子同室で頻回直母(母乳を吸わせること)の自律授乳をしていた病院に勤務していた時でさえ、「吸わせれば出る」わけではないことをこちらの記事の<入院中にミルクは足さないということ>のあたりで書きました。


その後、急速に30代初産の時代に入りました。
20代のお母さん達が中心だった時代でも、入院中の母乳のみの頻回授乳という方法だけでは対応できなかったのに、確実に「加齢」の影響が全身に出始める30代のお母さん達に同じ方法でうまくいくはずがありません。



またこちらの記事の<出産年齢が上がるということ>で書いたように、乳頭痛や亀裂などのトラブルも長引く方が増えた印象があります。


2000年代に入って、上記の出産直後らかの母子同室・母乳のみの自律授乳の方法をWHO/UNICEFによって「赤ちゃんにやさしい病院」(Baby Friendly Hospital,BFH)と認定されるシステムを取り入れる施設が日本にも少しずつ増え始めました。
現在六十数施設のようです。


授乳に関する科学とはで、そのBFHの現状が書かれている文章を紹介しました。
再掲します。

(前略)次第に浸透する母乳育児支援や母乳育児社会にもかかわらず、その一方で、BFH施設においてさえも母乳育児の確立や母乳育児の継続が難しい母子が増えてきた。それは初産年齢の高齢化、少産ながら多胎児の出生、治療による妊娠と分娩様式の多様化と在院日数の短縮化、核家族化、IT による情報過多、そして女性の社会進出による晩婚化などが関係していると思われる。

しかし大きな要因は、核家族化による母乳育児文化の伝承が途切れたことであろう。

最初の文の「少産ながら多胎児の出生、治療による妊娠と分娩の多様化」は高年妊娠のひとつの理由である不妊治療の影響です。


高年妊娠・出産の増加が、当然BFHでの母乳育児の継続が難しい母子の増加につながっている要因ではないでしょうか?
核家族化による母乳育児文化の伝承が途切れた」こと・・・よりも。



<高年出産と、授乳の体力的な影響>



中田氏は、もうひとつの問題として高年初産の体力的な問題をあげています。

いまひとつは、授乳期にエストロゲン低下状態に留まるという点で、このために授乳期は母体の筋骨格系の不具合(腰痛、関節痛など)や泌尿生殖器系の不具合(尿漏れ、膣の違和感など)が長引く傾向がある。その他、授乳中は集中力が低下する。風邪をひくと治りにくいなどの自覚的な訴えが多く、高年出産においては特に授乳が全般的な体力低下の要因となっていることがうかがわれる


簡素な一文ですが、まさにこれを知りたかったというところです。


高年出産の方が増えるにつれて、今までどおりの対応でよいはずがない。
けれど医学的な裏づけはどうなのだろうという点です。


もちろん、また研究や調査が進み、もう少し違う意見もでてくることでしょう。
それでもここ10数年の出産年齢の急激な変化に関して、産後ケアに生かせるような医学的な視点での現状分析がようやく出始めてきたことをうれしく思います。


特に出産や産後ケアに関わる助産師・看護師こそ、こうした高年妊娠・出産の影響についての医学的な根拠をしっかり押さえる必要があるでしょう。


「産む力がある」「自然なお産で大丈夫」「産んだら、吸わせれば必ず母乳は出る」とは、出産年齢の変化に対する現状分析を知らない故の一言だったとも言えるのではないでしょうか。





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