医療介入とは 94  <導尿(どうにょう)>

成人女性であれば、おおよそ200mlぐらい尿が膀胱内に溜まるとトイレに行きたいという感覚が出始めます。


それ以上我慢するとどうなるでしょうか。
普通なら失禁してしまいます。
ところが妊娠・出産周辺では、尿閉といって排尿できない状況がよくみられます。特に分娩直後は尿意さえも感じなくなることもしばしばあります。



尿閉時に排尿を試みる方法はいくつかあります。
水が流れている音を聞くだけでも、尿意が戻ることもあります。
そけい部や尾骨のあたりなと引き金部位(トリガーポイント、個人によって違う)をさわると出る場合もあります。
産後、歩き出せるようになった頃でも尿閉が続く場合には、シャワー後や食事後に排尿を試みると出やすいこともあります。
あるいは、創痛や痔の痛みが強い場合には鎮痛剤を使うだけでも排尿しやすくなることもあります。


それでも出ない場合には、細い導尿カテーテルを挿入して尿を出す処置が必要になります。


また分娩直後は歩き始めたり便器に座っていると意識が遠のいてしまうことがよくあるため、トイレに行けば自力で排尿はできそうでもトイレにいけない場合、やむを得ず導尿が必要になることもあります。



<分娩直後の尿閉



成人女性の膀胱許容量は400ml前後ですが、分娩直後の尿閉では1000ml近く溜まってしまうこともしばしばあります。


この理由のひとつが、分娩直後に利尿期があることです。
古い資料ですが、私が使用した教科書「母子保健ノート2 助産学」(日本看護協会出版会、1987年)には、以下のように書かれています。

Brundinは、分娩後2時間で尿生成は1.4ml/分(娩出前2時間で0.5ml/分)に増量すると述べ、Schwalmらは分娩後2時間より著明な利尿期に入り、5時間目にピークとなると述べていることからも、尿意を我慢させないように注意し、子宮の収縮が不良であったり、下腹部の観察による膀胱の充満が認められれば、排尿を促す。一般に尿100mlあたり子宮底が1cm上昇するといわれている。

30年近く前の記述なので現在はもう少し違う知見があるかもしれませんが、私が持っている本の中で産後の利尿期に関する記述はこれしかみつかりませんでした。



ただ経験的には、まさに上記の記述どおりです。


分娩後1時間ぐらいですでに700mlぐらい導尿することがあります。
さらに、その1時間後にもまた1000mlぐらい溜まっていて驚くこともあります。


産後数時間を越えると、1回の導尿量が落ち着いてきます。



膀胱が充満すると、分娩直後の子宮収縮を妨げることになり弛緩(しかん)出血の一因にもなります。


膀胱充満により血圧上昇や気分不快などの症状が出ますし、また、あまり膀胱内に多量に溜まった尿を一気に導尿するとショックに近い状態を起こすこともあります。
また、膀胱の筋を何度も過伸展の状態にすることは、さらに尿閉からの回復を遅らせることにもなり得ます。



膀胱という無菌に近い臓器内に外部の菌を入れることにもなりますから、導尿により尿路感染のリスクもあります。
ですからできるだけ導尿回数は減らしたいのですが、膀胱の過伸展を起こさないように、分娩周辺では導尿という医療処置が必要な状況が増えることもあります。