産後のトラブルを考える 11 <出産が肛門や骨盤底筋群に与える影響>

私自身が、実際に出産後から便失禁になった方と初めて出会ったのはごく最近ですが、ではそれまで、出産が与える排便への影響を考えていなかったのかというと、むしろ常にふたつの点を意識して分娩介助をしてきました。


<3度・4度裂傷をつくらない>


ひとつは肛門括約筋の損傷を起こさないように、会陰保護をすることです。


通常、児頭が娩出される際に会陰が裂けた場合を以下のように4段階に分類します。

第1度裂傷
最も軽微なもので、裂傷が会陰粘膜および膣粘膜に限局する。
第2度裂傷
筋層の裂傷を伴うが肛門括約筋は断裂しないもの
第3度裂傷
肛門括約筋や膣直腸中隔の一部が断裂したもの
第4度裂傷
裂傷が肛門・直腸粘膜に及んだもの


肛門括約筋というのは、肛門の内側にあるリング状の筋です。
それが収縮したり広がったりすることで、排便をコントロールしています。
その「輪」の一部が断裂してしまうと、収縮することができなくなります。


第4度はさらに膣と直腸の間が裂けてしまうことです。見逃したり、なかなか治癒しないと、産科フィスチュラとして女性のQOL(生活の質)を激変させ、苦しめることになります。


ですから、第3度と第4度裂傷をつくらないように分娩介助することは助産師として大事なことです。


幸いにして、4度裂傷は経験がありません。
自分の分娩介助記録を見直すと、卒後数年までに4回ほど3度裂傷をつくってしまったようです。


吸引分娩やクリステレル圧出法(お腹を押して児頭を通過させる)が必要な場合は児頭が一気に進んできますから、会陰保護といって産婦さんの会陰に裂傷ができないように支えている右手の力が少しでも甘いと、赤ちゃんの頭が会陰に大きな裂傷をつくってしまうのです。
あらかじめ会陰切開を入れていても、そこから大きく裂傷が広がっていきます。


経験とともに、このような吸引分娩あるいは児が飛び出すように娩出するお産、あるいは児が大きくて頭が出るところだけでなく体が娩出されるまで大きな裂傷をつくりやすいお産でも、会陰保護が確実にできるようになってきたのだと思います。


分娩介助で3度裂傷をつくった時には、当時は相当落ち込んだと思います。
産科医の先生が、肛門括約筋を縫い合わせて修復してくださっているのを見ながら、お母さんたちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。


ただきちんと縫合すれば3度裂傷も治るし、入院中あるいは1ヶ月健診あたりまで便失禁などのトラブルの話を実際には聞いたことがありませんでした。


<産科フィスチュラをつくらない>


1980年代終わりの頃に、私が助産婦学校で使用した助産の教科書と産科学の医学書を読み直してみたのですが、産科フィスチュラについて書かれた部分はありませんでした。


1960年代に出産が産科医のもとで病院で行われるようになってからは、産科フィスチュラが激減した可能性もあるかもしれません。


どこにも産科フィスチュラに関する資料はなかったにも関わらず、私自身はどこからともなく産科フィスチュラのことは意識に残され、試行錯誤していました。


具体的には、分娩第2期にどれだけ時間をかけてよいかという点です。


分娩第2期というのは、胎児が産道を下降し始める時期です。
経産婦さんでしたら、本当にあっという間に通過することがあります。「うっ」といきみが出たと思ったらもう赤ちゃんの頭が見え始めるということも、決して珍しくはないものです。


ところが初産婦さんの場合、初めて産道を赤ちゃんが通過するのに平均して1時間から2時間程度かかります。
だいぶ赤ちゃんが下がってきたのに、そこからなかなか進まないこともあります。


赤ちゃんの心音が元気なうちは、いきみを逃しながら待つことで、時間をかければ頭が見えるくらいまでゆっくり進むこともあります。


さらに1990年代の頃の私は、会陰切開や会陰裂傷のないお産を目指していました。
ですから赤ちゃんの頭が見え隠れする頃(排臨、はいりん)のあたりもいきみをかけないで待つ方法を試していました。
実際にその方法で、初産婦さんでもほとんど傷のないお産ができるようになりました。


ただ、時に分娩第2期が平均2時間以内のところ、4時間、5時間になることもありました。
それだけ時間をかけることと軟産道の虚血的変化、そして瘻孔をつくってしまうリスクはどうなのだろうと気になりながらも、参考になるような文献や資料は探しても見つからず手探りでした。


2000年代を過ぎて30代初産の方が増えるようになって、私は「傷のないお産」にこだわることをやめました。
何かきっかけがあったわけでもないのですが、それこそ「25歳でお肌の曲がり角」ならば30代の軟産道の耐久性や回復力も、20代のお産とは違うのではないかと思うようになったのです。


ただ、それに根拠を与えてくれるような資料は今のところまだありません。



さて、そのふたつのポイント「3・4度裂傷をつくらない」「産科フィスチュラをつくらない」だけでは、産後の便失禁には対応不足であったことがわかってきました。
次回はそのあたりの資料をご紹介します。




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