産後のトラブルを考える 12 <出産と骨盤底筋群の損傷に関する資料>

どれくらいの方が出産後の排便トラブルに悩んでいらっしゃるのか。
それは直接、出産に関係があるのかないのか。


そのあたりで少し参考になるものがありましたので、今回は資料のご紹介です。


<「不顕性肛門括約筋裂傷」>


表面上はあきらかな肛門括約筋の裂傷がないのに損傷されている「不顕性(ふけんせい)肛門括約筋裂傷」があるようです。


「分娩期の肛門括約筋裂傷の実態と損傷要因の検討」東京大学院、母性看護学助産学分野、堀田久美氏、村山陵子氏、春名めぐみ氏)という論文がネット上で公開されていました。
何年に出されたものかわからないのですが、研究中の調査期間が2010年になっていますから、ごく最近の論文のようです。


少し長くなりますが、「はじめに」の一部分を紹介します。

 不随意に便やガスが漏出してしまう肛門失禁は、社会的QOLを著しく損なう大きな健康問題である。18〜80歳女性を対象とした米国の研究では、便失禁は36% と報告されており、多くの女性が抱える健康問題であることがわかる(Zutshi M 2007)。

便失禁の発症年齢は、30歳前後と50歳代後半をピークとする2峰性を示し。分娩後1年以内の早期発症群と分娩後1年以上経過したあとに発症する晩期発症群に分かれる(Engel AP 1994、味村 2003)。

便失禁の主原因として、経膣分娩に伴う肛門括約筋裂傷が重要視されている(Oberwalder M 2003)。
便失禁は、初産婦では10%、経産婦では23%(Sultan AH 1993)と報告されているが、肛門括約筋裂傷がある場合、分娩直後から肛門失禁を自覚する早期発症例だけでなく、分娩後には症状がなく1年以上経過してから症状を自覚する晩期発症例があり(Eagle AF 1994)、将来にわたる問題ととらえていくことが必要である。

経膣分娩後の女性8630人への調査で、肛門括約筋まで裂傷のある第三度裂傷は約0.6%にすぎない(Sultan AH 1994)。しかし、分娩により皮膚表面上には会陰裂傷がない不顕性肛門括約筋裂傷が生じる可能性があることが近年明らかになった

経肛門超音波断層装置による肛門括約筋の検査で、分娩後6週間時点の初産婦の35%に肛門括約筋の裂傷があったという報告もある(Zetterstrom J 2003)。


<経膣分娩による肛門への影響>


昨日紹介した、「妊娠と肛門」というサイトからの引用です。


帝王切開を受けた女性は肛門機能にはほとんど影響を受けない」に関しては私はよくわかりませんが、以下の2つの因子に関しては参考になるかもしれません。

1.陰部神経への影響

陰部神経への影響は、骨盤底が分娩時のいきみによって、下に押し下げられて、そのことによって、陰部神経が過伸展されて、障害を受けるためだとされています。ここまでは、英国を中心に1970年代から明らかにされていました。
(中略)
この陰部神経の障害は、当然20歳代から30歳代に起こるわけですが、一方、便失禁の患者の平均年齢は60歳代であることを考えると、実に、20から30年の時間的間隔をおいて、症状を出してくるというわけです。

2.骨盤底筋群への影響

骨盤底筋群への影響は、子供が産道を通って生まれる時に、子供の頭によって膣周囲の括約筋が暴力的に押し広げられますが、そのことによっておこります。左右の手で新聞紙の端と端を持って、急に左右に引くと、その中央で、バリっと新聞紙に縦の亀裂が入りますが、そのようなメカニズムで、肛門括約筋に亀裂が入ります。
これは、肛門の前方、直腸と膣の間で起こることが最も多いようです。
(中略)

しかし、ここで注意が必要ですが、女性と肛門の項でもお話しましたが、女性の場合、肛門の前方、膣と肛門管の間で、出産を経験していない場合でも、括約筋が欠損しているように見える人が多数います。ですから、出産による障害なのか、自然の括約筋の欠損なのかを見極めることが大切なのです。

この二つの資料を読むと、まだまだよくわかっていないこと検証がされていないことだらけの分野だといえるのかもしれません。


そして、後者のサイトに書かれていた次の言葉は大事かと思います。

自然の営みは、本質的に、体に影響を与えます。これは、生き物として当然のことです
怖がらないでください。

こちらの記事の最後に書きましたが、その影響を最小限にするために医療介入が試行錯誤されてきたわけです。


今までしばらく産後の排便トラブルに関して考えてきましたが、まだ具体的に分娩介助の際に予防できる方法や、トラブルが起きてからの対応についてなどははっきりしていない段階といえるようです。
産後にこういうトラブルが起こりうることを意識しながら産婦さんのケアをするとともに、トラブルがおきたときにはできるだけ早く専門医へつなげていけるように、そして精神的なフォローができる体制を考える必要があると思います。


また、こうした産後の排泄のトラブルを抱えて日常生活を送り、あるいは通院が増えることは育児への負担がかなり大きいものです。
治療中にヘルパーさんを無償で派遣できるなど、なんらかのサポートが必要ではないかと思います。
それはこのあたりの記事から書いてきた「産後ケアとは何か」という問いかけにもなります。





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