世界はひろいな 3  <地図>

地図を見ることが好きです。


以前は世界地図と日本国内の地図を手元において、暇があるとながめていました。
聞き慣れない地名が出てくると地図を広げ、そこから周辺の地域を自由に行き来しているような気持ちになって時間が過ぎていくことがしばしばありました。


どこかに出かける前には、目的地に行くまでの道順や近くにある建物や公園、史跡などを頭の中に入れて準備します。
帰宅してもう一度地図をながめると、平面だった地図が立体的に見えてくる、そんな楽しみもあります。


大好きだった地図から少し遠ざかったのは、目がしばしばするようになった時期でした。
でもちょうど同じ頃、iPhoneを購入しました。
どこでも自分がいる所の地図がパッと表れ、そこからどんどんたどって隣の町にも、隣の県にも、あるいは隣の国までひとっ飛びできる楽しさ。
細かい部分は、指でびよーんと拡大できる便利さ。
あぁ、良い時代に老眼になってよかったと思いました。


地図の読み方を学んだのは、小学校低学年の頃でしたか。
工場や田んぼの記号などを学んだ授業のことを、うっすら記憶しています。


私は、世界中の小学生が同じように地図の読み方を習っているものだと思っていました。
あるいは、地理感覚というのは頭の中に地図を描いてできあがるものだと思っていました。


地図を見るという感覚がない人たちがいるとは思いませんでした。



<地図を使わない日常>


1980年代半ば東南アジアの某国に赴任した時に、まず探しに行ったのが地図でした。
首都最大の書店に行ってみました。
ところが、主要幹線道路と郡・市・町名が書かれているぐらいの大ざっぱなものしかないのです。


それから10年、15年後の時点でも日本にあるような詳細な地図を手に入れることはできませんでした。
でもないよりはマシと思い、購入しました。


休暇が近くなると、現地スタッフは郷里へ帰る話で盛り上がっています。
地名を聞いたらいてもたってもいられずに地図を広げて、「どのあたり?」と尋ねるのですが、ほとんどのスタッフが地図を前に「よくわからない」と言うのです。
スタッフの家に招待してもらって近くを観光したこともありましたが、地図ではどのあたりという説明をしてもらえませんでした。


その割には、遠い遠い親戚が○○(地名)に住んでいて、友人のまた友人が誰それで誰々と同じ地域に住んでいるなど、地名や名前、そして人間関係が頭の中に入っているのです。
難民キャンプの現地スタッフに採用されるぐらいですから、大学・カレッジを卒業しているレベルの人たちです。


地図をほとんど使わない日常というものがあることを、初めて知ったのでした。


<土地の境界線のない社会>


1990年代初頭にその国で出会った友人は、かなり広範囲な地域で活動するNGO(Non-Govermmental Organization)のリーダー的な女性でした。
ちなみに日本でNGOというと「非政府組織」=「民間団体」ぐらいのニュアンスですが、1980年代から1990年代の東南アジアあるいは第三世界と呼ばれた国々では、「反政府組織」の意味でした。


第三世界の貧困・人権問題あるいは開発・環境問題を他の国の人に知ってもらうために、exposureという方法がありました。
体験学習とでもいうのでしょうか。
私は彼女についてまわって、あちこちを見せてもらいました。


半径50km以上の広範囲な地域を行き来している彼女もまた、地図というものを使いませんでした。
時には道なき道をいくようにしか思えない場所にも、すべて記憶で行動しています。
地図を見せて、「ここからどう行くの?」と尋ねても、かえって彼女にはわかりにくいようでした。


でも地名とその地域の状況は正確に(と私には思えました)記憶されているようで、道に迷うこともなく、夜暗くなってもきちんと目的地に到着しました。


その後、一緒に生活をさせてもらうことで、彼女の特殊な能力というのではなく、そこに暮らす人たちは皆そうであることがわかりました。


土地の境界線で書いたように、「たとえば『あの木まで』とか『あの石のところまで』といったもので、おおよその目安にしている」「遠い森を指して『あのあたりまでが○○族の土地だ』」という感覚が、地図を不要としている理由のひとつなのかもしれません。


wikipedia地図では以下のように書かれています。

地図とは、地球などの地表、あるいは架空の世界の全部または特定の一部分を縮小表現したものである。
「文化の総合的産物」ともいわれ、「文字よりも古いコミュニケーション手法」と称されることがあるように、表現手法として人類に重宝されてきた。

その文字よりも古い地図さえない、でも、きちんと社会全体を認知、把握する感覚がある世界があるということなのでしょうか。


世界はひろいなと思います。




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