乳児用ミルクのあれこれ 7  <ミルクを介した乳児への感染はどれくらいあるのか>

サカガキ菌による乳児の感染については1958年以降の報告があるようですが、その抜粋をまとめた表が「乳児用調整粉乳が汚染されているとしたら?に掲載されていることを昨日の記事でも紹介しました。


そのコラムの「これからの対策」に以下のように書かれています。

 患者の発生を報告しているのは先進国の数カ国のみで、世界的にみると本菌に対する認識が不足しており、実際はもっと多数の患者が発生しているものと考えられます。

つまり、現時点では粉ミルクによる乳児の感染がどれだけ起きているのかはまだよくわかっていないということのようです。



調整粉乳を介した感染を特定し世界的な発症数を把握することの難しさは、単に認識不足だけでは解決できないようにも思います。


<感染経路を突き止めることのの難しさ>


新生児や乳児は容易に感染症にかかります。
新生児であれば、発熱やなんとなく元気がないといった全身症状が主であって、感染性胃腸炎(いわゆる食中毒)のような典型的な症状はでにくいものです。


特に生後一週間以内の早期新生児の場合、感染というと子宮内や産道内感染による敗血症や髄膜炎の可能性が真っ先に考えられます。
ただ、たとえ原因菌がわかってもどの時点でどのように感染したのかまではわからないことが多いのではないかと思います。


日本では新生児の感染症であれば血液培養や髄液培養などが行われるので、サカザキ菌が検出されれば粉ミルクの関与が比較的明らかにされやすいとは思いますが、新生児医療が十分ではない世界中の多くの国では、新生児の感染症は原因不明のままとなることでしょう。


ではもうすこし月齢の上がった乳児の場合はどうでしょうか?
生後2〜3ヶ月になると、ぼちぼちと下痢や嘔吐を主訴とする感染性胃腸炎が増え始めます。


この感染性胃腸炎について分かりやすい資料を覚書として残しておきます。

感染性胃腸炎の診断と治療へのアプローチ」]
長崎大学大学院・医歯薬学総合研究科・感染免疫学講座 教授 中込 治氏
「化学療法の領域」2011年4月号(Vol.27 No.4)(医薬ジャーナル社)


(直接リンクできないので、上記論文名で検索してみてください)

この中の「急性胃腸炎の診断と治療へのアプローチ」に以下のように書かれています。

急性胃腸炎の診断と治療には、患者の病歴聴取から微生物検査室での検査情報や地域における感染流行情報などに考慮した総合的なアプローチが必要である。

急性胃腸炎の患者の便を細菌学的に検索して病原診断に結びつくのは、たかだか数%である。

先進国の医療をもってなお、成人を含めた感染性胃腸炎の原因を特定することは難しいのが現状のようです。


<「どれくらいの患者がいるのか」−統計>


厚生労働省「疾病、傷害および死因の統計分類」というものがあります。
医療従事者であれば、必ず基礎教育の中でこの統計について学びます。


この統計は「実際に何人の患者が発生したか」という実数を把握したものではありません。


たとえば、先に紹介した「感染性胃腸炎の診断と治療へのアプローチ」の「はじめに」では以下のように書かれています。

感染性胃腸炎感染症法(感染症の予防および感染症の患者の医療に関する法律)にもとづく感染症発生動向調査では、五類感染症の中の定点把握疾患である。

定点把握とは以下のように、一部の医療機関からの報告に基づいて把握しているという意味です。
たとえば「感染性胃腸炎」に関しては、

感染症発生動向調査は全国の医療機関の約10%に相当する3,000箇所の小児科診療機関であるから、全年齢層での感染性胃腸炎患者数は莫大なものになるだろう。

実際、米国では年間2億〜3億7千万の下痢症が発生し、90万人が入院し、6千人が死亡していると推計されている

統計のシステムが確立されているような先進国でも、感染性胃腸炎の患者の実数を把握しているわけではないということです。



つまり、先進国のようにこの20年ほどの診断技術の格段の進歩をもってなお、また医療統計の精度をもってなお、ミルクを介した乳児の感染性胃腸炎の全体像はまだまだ把握されていないといえるのでしょう。


ただし、粉ミルクあるいは液状ミルクだけでなく、母乳を介した感染性胃腸炎の把握も同様といえます。
先日紹介した、NICUにおける感染対策には、搾乳器の消毒・管理も書かれています。


搾乳器を使用した搾乳、あるいは手で搾った母乳がどれくらい感染源になるリスクがあるのか。
あるいは直接母乳を飲ませる場合にも、まだまだ感染性胃腸炎との関係はわかっていない、としか言いようのない段階といえるでしょう。




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