完全母乳という言葉を問い直す 37 <日本の助産師の母乳育児支援の標準化を妨げてきたもの>

自律授乳という言葉が使われ、母子同室が取り入れられ始めた1990年代の母乳育児支援は今思い返しても本当に混沌とした状況でした。


日本全体の看護実践を把握する組織がない


1990年代、母児別室・規則授乳をそのまま続ける施設と、母児同室・自律授乳を基本とする病院に別れていきました。
現在もまだ母児別室・規則授乳のままの施設があるようですが、全体のどれくらいの施設がその方法を選択しているのか、なぜ母児同室・自律授乳を取り入れないのかの理由など、今ひとつ全体像が見えないままです。


とりわけ看護理論を構築していく役割を持つ大学病院が、一番、母児同室や自律授乳を取り入れていくのが遅かった印象があります。


市中病院では当たり前のように母子同室をし、自律授乳の実践を積んでいったのですが、その実践を研究・分析し一般化していく、つまり全体像を見ながら本質的な部分を引き出すための統合された研究組織を看護職は持っていなかったこと、これが最も根本的な問題だと思います。


日本全体で、どのような母乳育児支援の方法が実際にどのように行われているのか全体像も把握できていないのに、それぞれの施設で「自分達(だけ)はこんなに良いことをしている」ことのアピールが現在においても、なんと多いことでしょうか。


自分が気づいた本質的な部分は、きっと日本のどこかで同じように気づいた人たちがいるはずです。
効果が検証されれば、それは標準的な看護として生かされていきます。


その「仮説」を臨床の中から引き上げて検証する。
それは自分の小さな施設の中でいくら「効果がある」「良い方法」と主張してもダメです。


それをしなくても結果はかわらないかもしれない、あるいはもっと有効な方法があるかもしれない。


ところが、看護の実践を研究して標準化させていくための組織が、「根拠に基づく医療」の時代になっても未だに日本ではつくられていないこと。
そこに、混沌とした時代を長引かせている原因の一つがあるのだと私は思います。


乳房マッサージと授乳相談


乳房マッサージ、特に他人によるマッサージを受けるというのは日本独特のものだということはよく耳にしてきました。


日本で助産師による乳房マッサージが始まったのは、1960年代に病院での出産に移行して行く時代に開業助産婦の生業を守るためであったことはこちらの記事(*)で、そのためにあはき法で限定されている「マッサージ」を助産婦が行えるように法改正の働きかけまでしたことをこちらの記事に書きました。


詳しいことはわからないのですが、1960年代より前に乳房マッサージを受けていたお母さん達は限定的だったのではないかと思います。
桶谷そとみ氏が戦後、満州から引き上げて自分なりの「痛くないマッサージ」を生み出していきました。
1960年前まで9割以上が自宅分娩だった時代、産婆や助産婦は沐浴や母子の状態を見るために産後訪問することはあっても、乳房マッサージはあんま・指圧師の仕事だったようですし、マッサージを頼める金銭的余裕のある人たちだけだったのではないかと思います。


私が看護学生だった1970年終わり頃には、産科病棟では乳房マッサージが取り入れられていました。桶谷式の痛くない方法ではありませんでした。


1980年代終わり頃の助産師学生の使った教科書には、「桶谷式」「慶応式」「アップルバウム法」が紹介されていて、やはり乳房マッサージをする必要があると考えられていた時代でした。


その後、SMC式、堤式などいくつかの方法がそれぞれの組織をつくったり、書籍を出したりして、1990年代は乳房マッサージの林立した時代になりました。


桶谷式のような「してあげるマッサージ」に対して、SMC式のように「してあげるマッサージは不要」という考え方が少し広がりました。


さらに「マッサージは不要」という考え方も出始めました。
私自身も最初は、桶谷式の研修を受けた先輩から教わり「痛くないマッサージ」をしてあげることに充実感がありました。


マッサージ中はお母さんたちとゆっくり話す時間にもなりましたし、マッサージ中に気持ちよくお母さん達は眠ってしまうことが多いので、ちょっとしたリラックスタイムでした。


直接いろいろな乳房に触れて、射乳反射が起きるさまざまなパターンや硬結が消失していく様子を実際に見る機会があることで、母乳分泌や乳房の状態についての知識と経験が増えました。



その後、マッサージをしても結局は母乳分泌増加にならないことや、基本的な授乳中の姿勢やくわえさせ方でトラブルも防げるという本質の部分が見えてきました。
やはり同じように感じた人たちがいるのでしょう。
少しずつ、助産師の中でも「マッサージは不要」という声を聞かれることが多くなりました。


ですから病院の母乳外来での授乳相談も、赤ちゃんの様子・お母さんの様子を見ながらお話を伺うことと、授乳方法をちょっと手助けする方法のところが増えてきたのではないかと思います。


ところが1960年代頃から開業助産所での母乳育児相談は、こうしたマッサージをしながらという方法が中心になってしまいましたので、乳房マッサージは未だに根強く残っています。


母乳外来で少しお話をしたり、授乳方法を実際に手助けするくらいで十分な解決が得られお母さんの金銭的負担も少ない方法よりは、何千円か出してマッサージをしてもらうことで満足感が得られることを選択される方もいらっしゃるのかもしれません。


でも未だにお母さん達の中にも、あるいは助産師の中にも乳房マッサージが必要だと思っている人もいるのではないでしょうか。


乳房マッサージは効果があるのか、あるとすればどういう場合なのか。
助産師側が責任を持って、検証すべきことだと思います。


私は桶谷式マッサージは不要だと今は考えていますが、桶谷式のマッサージをしている人たちは、母乳分泌の状態を観察するという点では助産師の中では経験量が多いひとたちだろうと思っています。
その観察と経験を、科学的な方法で表現する方向に力を傾けていたら、今頃、もっと母乳育児支援の中で標準化されて、生かされていたことと残念に思います。


そう、その経験が標準化されていくことは桶谷式理論の限界や間違いも検証されることになりますから、組織と資格制度がなくなってしまうジレンマと直面することになるのですが。


日本の助産師の母乳育児支援の標準化を妨げてきたもの、もう少し続きます。



(*)このリンクがされていませんでした。教えてくださったぽむぽむさん、ありがとうございます。(2013年10月17日)





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