産後の乳房と母乳分泌がどのように変化していくのか、案外、標準化されたものは見つかりません。
たとえば、産後、刻々とおっぱいが変化していく状況というのは文字でなかなか表現しずらいものですし、さらに初産と経産ではまったく状態が違います。
乳房の状態については、日々、「どう表現したらよいか」悩むことがたくさんあります。
看護記録の中でも、乳房や母乳分泌の状況を表現する言葉というのは数えるほどしかありません。
その言葉を使って表現した状況を他のスタッフとも理解を共有できているかというと、もしかしたらすれ違っているかもしれないと感じることも多々あります。
ぽむぽむさんの「母乳育児に成功した理由を考えてみました」の中で、私がひっかかった点を今回は具体的に挙げてみます。
おそらく助産師の間でも統一した定義がなかったりそれぞれの解釈のまま乳房の変化や母乳分泌を捉えていることによって、それぞれの「観察」から「思い込み」のままアドバイスになってしまいやすいのだと思っています。
それも、母乳育児支援の標準化を妨げてきたのではないかと思います。
今回からしばらく、まらぽむぽむさんの記事を使わせていただきます。ありがとうございます。
まずは「乳腺の開通」とは何かについて、今回は考えてみたいと思います。
そしてこちらの記事からぽむぽむさんのブログ記事について書いてきているのですが、タイトルは「完全母乳という言葉を問い直す」から「母乳のあれこれ」にしてしばらく続きます。
<出産前からの「乳腺開通」は必要か?>
さて、ぽむぽむさんの「母乳育児に成功した理由」のひとつに、妊娠中のいわゆるお手入れがあります。
まず、「乳腺の開通」とは何だろうというところで、私はひっかかってしまうのです。
昔から「乳管が何本開いているか」ということを観察させている産科施設は多いことでしょう。
ちょっとおっぱいを触って、何本から母乳が出てくるかを数えるというものです。
たとえば、「実践 マタニティ診断 第2版」(日本助産診断・実践研究会編著、医学書院、2011年)の中にも以下のような表現があります。
産褥日数に応じた乳房の変化であるか否かを乳管の開口数・乳房の緊満状態、乳汁の分泌量などを産褥日数に照らして診断する。(p.200)
では「乳管の開口」とは何でしょうか。
「母乳哺育と乳房トラブル予防対処法 乳房ケアのエビデンス」(立岡弓子氏著、日総研、2013年)では、「乳管 乳輪や乳頭の表面に開口している管をいう」(p。51)とあり、そこに何がつながっているかといえば、乳腺です。
その乳腺については、「乳頭の周りに放射線状に広がる15〜20個の隔壁を持つ乳腺葉を形成しており」(p.51)とあります。
解剖的には、妊娠中も産褥期も変わらずその人に一定数の乳腺が開口しているわけです。
では、何を実際に「開口数」として数えているのでしょうか?
それは、そこから母乳が出てくるかどうかを見ているのではないかと思います、一般に。
たしかに、出産直後は2〜3本くらいからうっすらとにじむぐらいだったり、中には全くにじんでも来ない方もいますが、そのうちに1ヶ月ぐらいすると10本前後ぐらいの射乳反射が見られるようになります。
この乳輪の刺激によって母乳が湧き上がり、それぞれの開口部と乳腺葉がどのようにつながって出てくるかは、桶谷式マッサージで常日頃それを観察する機会のある方なら相当のデーターが「経験」として体の中にあると思います。
残念なのは、その貴重な観察データーが科学的に表現されてこなかったことです。
<開口数を数えても意味はない>
さて、開口数を数えても私は意味がないと考えています。
それは、「開口していなかった」ものが「徐々に開口していく」わけではなく、すでに開口した状態で存在していただけという点がまずひとつです。
そして開口部からの母乳分泌の有無を見て「開口している」と認識しても意味がないことが2点目です。
というのも、出産直後は乳輪の刺激によって乳汁が分泌され始めるまでにはとても時間がかかります。
しばらくじわじわと乳輪に圧をかけていると、しばらくすると、時には2分とか数分、ようやくうっすらと初乳が見え始めることがあります。
ですから、少しさわっただけで「開口していない」と判断することには意味がないのではないかと思います。
また、この乳輪を刺激して母乳を分泌させる方法も、かなり技術的に個人差があります。
あるスタッフが触っても全く出ないのに、あるスタッフなら分泌させることもできます。
「乳腺の開通」とは何だろう。
まだまだ表現しきれないのですが、この点についてはいつか別の記事にしようと考えています。
<妊娠中の母乳分泌は意味があるかどうか>
さて、ぽむぽむさんは妊娠中から母乳が分泌されていらっしゃったようです。中にはそのように妊娠中から分泌が見られる方がいらっしゃいますが、全体のどれくらいの割合かどうかはわかりません。
妊娠中から産後にかけての母乳分泌の機序でいえば、以下のあるように、通常は妊娠中は母乳が抑制されるようになっています。
妊娠期には、乳腺に作用して乳汁を分泌させる血中プロラクチンは、乳腺上皮のプロラクチンれせぷらーがエストロゲンなどのステロイドホルモンと結び付くことで本来の乳汁産生の働きが抑制されているため、本格的に乳汁分泌は起こらないようになっている。
産後3日頃まで、ほとんど母乳がにじみもしないような状況だったのに、3日目頃から急激に分泌し始める方もしばしばいらっしゃいます。
こうした方を見ると、「妊娠中から母乳が出ていること」が産後の母乳分泌には必ずしも必要な条件ではないということが言えるのではないかと思います。
ただぽむぽむさんが書かれているように、「これなら出産後もでるだろう」と気楽になったことがよかったとすれば、それは一種のプラセボ効果で意味がないわけではないかもしれませんが。
次回は「妊娠中のお手入れ」は必要かどうか、妊娠中のお手入れが母乳分泌に影響するのかについて考えてみようと思います。
「母乳のあれこれ」まとめはこちら。