裸の王様の予備軍にならないために

「裸の王様に服を着せるのは誰か」で、「ところが搬送の機会になるほどの異常も起こらず、自宅での出産は無事に終わりました」と書きました。


これを読んで、「ほら、やっぱり自宅分娩だって大丈夫じゃない」と思った方、特に助産師がいたら、裸の王様の予備軍になっていると振り返った方がよいのではないかと思います。


「『自宅出産の悲劇で母親死亡』オーストラリア」の記事で、開業助産師の言葉を引用しました。

彼女自身の15年間の助産師活動の中で、自宅分娩での母体死亡を始めて聞いたと話した。
そのようなことが起きるなんて想像もつかないほど、本当に本当にまれなことなのです

きっと、「自宅分娩でそのようなことが起こるなんて想像もつかない」人が、分娩を請け負っていることは怖いことだと感じている人たちが周囲にはいたでしょう。

その周囲の人たちも彼女に「服を着せる」ことはできなかったのでしょう。


私が助産師になった1980年代終り頃に、助産院や自宅分娩が注目され始めました。
一緒に働いていた「お産は怖い」と言っていた当時70代前後の助産婦さんたちは、同世代や自分達の下の世代が助産所を復活させていく様子をどのように思っていたのだろうとずっと気になっているのですが、やはり「裸の王様になっていく人たちに服を着せることができない」忸怩たる想いに近かったのではないかと想像しています。



<「効果」に対する集団の自己満足を妨げる情報や意見が出てこない>


さて、この「裸の王様シリーズ」を書くきっかけになったのは、琴子ちゃんのお母さんの記事「実際にされている食事指導」ですが、その中の問いについて考えてみようと思います、

「玄米を食べていたら、(会陰は)切れないわよ」って、助産師=医療資格者が指導していることになります。
医療者として正しい指導になりますか?

玄米に限らず、助産師界隈では「○○をすれば会陰が切れない」なにか秘策があるかのような表現が多いと感じます。


裂傷は、その深さによって裂傷1度から4度に分類されます。
1度は粘膜表層なので「自然治癒が可能」(「周産期医学必修知識第7版」)なのですが、そのままではしみるので縫合したほうが楽なようですし、創の治りもきれいになると思われます。


助産師だけの分娩介助では、縫合針と糸を使った縫合は医療行為として認められていませんから、助産所ではこの裂傷1度に対しては「クレンメ」と呼ばれる金具で表面からあわせるだけの応急処置で対応することになっています。
2度以上の裂傷は医師による縫合が必要になりますから、とくに助産所での分娩はいかに裂傷をつくらないかということに力を注いできたともいえるでしょう。



助産所のHPを見ると、そこで産んだ方の体験記として「傷がなくてとても楽だった」ということがアピールされていることが多いようです。


<裂傷の頻度・・・初産と経産の違い>


初産婦さんと経産婦さんのお産の違いについてはこちらこちらの記事に書きましたが、経産婦さんの場合は裂傷ができにくいことは分娩介助をしていれば常識的なことです。


初産と経産の裂傷の割合については全国的な統計というものがないのですが、いろいろな施設の統計から考えると、例えば二人目のお産の場合には半数近くが「裂傷なし」のようです。また裂傷ができても1度程度が多いようです。


熟練度にも関係なく、経験数の少ない助産師が介助しても裂傷がおきにくいのが経産婦さんのお産です。
二人目のお産ではまだ1度裂傷・2度裂傷ができやすいのですが、3人目以降になるとさらに会陰は柔らかく伸びやすいので裂傷の頻度はさがります。


経産婦さんのお産が多い助産所では、特別なことをしなくても裂傷が少ないのは当然ではないかと思います。


初産婦さんの場合、いきみをかけないでゆっくりと待つことで会陰裂傷ができないように介助することが可能です。
1990年代、自然なお産にはまっていた私は、卒後数年ぐらいの技術でも初産婦さんにも裂傷をつくらないように介助できることが多くなりました。
でも、30代のお産が増えた現在、いろいろと思うところがあって初産婦さんにはあまり会陰保護に時間をかけることはやめました。


また時に初産婦さんの場合でも、何もしなくても裂傷がいかない方がいます。
新卒の助産師が介助しても裂傷ができないこともあります。
それは助産師の技術ではなく、たまたまそういう条件がよい方もいるということでしょう。



<裂傷1度と2度の境界線>



さて、出産時の裂傷に関する正確な統計が存在しないひとつの理由として、裂傷の程度を正確に報告しているかどうかは、かなり個人の判断と感情に左右されるところがあるからではないかと私は考えています。


これは分娩介助をしている人であれば、なんとなくわかるニュアンスだと思います。


一応、1度裂傷と2度裂傷の定義は次のようになっています。

第1度裂傷・・・最も軽度なもので会陰皮膚および膣粘膜のみに限局する裂傷


第2度裂傷・・・会陰の皮膚のみならず、筋層の裂傷を伴うが肛門括約筋は損傷されていない

一応、このように定義されていても、実際の傷はすっきり分類できるわけではありません。


「限りなく擦り傷に近い1度」もあれば、「限りなく2度に近い1度」もあります。


私は医療機関での分娩しか経験はありませんが、産科医が「かすり傷のようなものだから縫わなくて大丈夫」と判断しても、「縫合してもらったほうがしみなくてよさそう」とお願いすることもあります。


あるいは反対に、駆け出しの頃によくあった心理状態ですが、見た目は2度裂傷に近くても「これは1度裂傷」と信じたい気持ちが勝ってしまうこともあり、記録には1度裂傷としたこともありました。


助産所のHPで「裂傷ができない」ことをアピールしていても、もしかしたらそういう背景もあるのではないかと感じてしまうのです。


産婦さん自身にはよく見えない部分ですからね。
「かすり傷程度だった」「傷はできなかった」と言われれば、そう受け止めるでしょう。


さて、「玄米と会陰裂傷をつくらない効果」については、正しいかどうかは私にはわかりません。
「効果を謳う側が実証する」ことが第一歩だといえるでしょう。


でも助産所や自宅分娩をしている助産師が「私のお産や授乳支援はこんなにすごい」とアピールしていることに対して、「経産婦さんの出産や授乳なら当然でしょう?」という声がきちんとあがってこないのが助産師の集団なのだと思います。


そう、「効果に対する集団の自己満足を妨げる情報が集団に伝わらない」。
裸の王様の予備軍はたくさんいるのかもしれません。





この会陰裂傷と縫合に関しては、「助産院では安全?」でも長いこと議論をしてきました。「会陰裂傷と縫合、記事一覧」をご参照ください。