産科診療所から 3 <母体・新生児搬送の今昔>

私が勤務している産婦人科診療所は年間分娩件数が300未満で、緊急帝王切開まで自施設で対応しています。


それでも年間に7〜8件ぐらい、母体搬送あるいは新生児搬送が必要な状況があります。


36週未満で分娩が始ってしまった場合、分娩前に搬送先へ転院して新生児科の先生の立会いのもとに分娩になるように、母体搬送といってお腹の中に赤ちゃんがまだいる状態で搬送をします。


分娩開始とともに血圧が上昇する方が年々増えてきました。
勤務先では硬膜外麻酔による和痛分娩をしているので、麻酔だけでも血圧が下がることが多くクリニックでの分娩対応ができていることも多いのですが、それでも血圧が安定しない場合には、分娩中でも高次病院へ搬送を決めます。


あるいは、常位胎盤早期剥離や分娩後の出血多量などでも搬送します。


新生児は母体搬送が間に合わずに生まれた36週未満の早産児や多呼吸がある場合など、速やかに新生児搬送が必要です。


私が診療所に移った10年前は、搬送先を探すのに大変でした。
いえ、診療所だけでなく総合病院から高次病院への搬送先をさがすのもとても大変でした。


医師が自らほかの大きな病院へ電話をかけなければいけませんでした。何件もかけて返事を待つだけでも、数時間ぐらい待つこともありました。
その間、状態が悪くなる産婦さんや新生児の救急対応をしながらですから、返事を待つ間はこちらも生きた心地がしませんでした。


産科の先生が電話の前にずっと座って返事を待つ姿を、私たちも心細い思いで見ていました。


なぜ時間がかかるかというと、電話をかけた先の病院も産科のベッドはあるけれどNICUが満床で受け入れ不能だったり、その逆だったりと、産科・小児科の双方での調整が必要だからです。
産科救急の多くが、母子二人が同時に救命救急が必要になるという点が、他科との大きな違いともいえるでしょう。
搬送依頼を受けた側の先生たちも、ご自身の業務を一旦おいてその調整に時間をとられますから大変だっただろうと思います。


母子二人の受け入れができるのは本当に偶然が重なったラッキーな状況ともいえました。


時には、都県を越えてなら受け入れ先があるということもありました。
そこに搬送すればご家族は大変ですが、お母さんと赤ちゃんの命には変えられませんから、救急車で1〜2時間もかかるところへ搬送を決定することもありました。


最近は、早ければ5分か10分程度で搬送先が決まります。
時間がかかっても1時間以内には受け入れ先が決まるようになりました。


これだけのシステムができるまでに、どれだけの方々が動いてくださったのだろうと感謝です。


<産科救急搬送の特殊性>


日常的に「救急車で搬送される」というのは、自宅や外出先などで急病になり、家族などが救急車を要請することを思い浮かべることでしょう。


この場合は救急隊員の方々がまず最初にその患者さんの状況を判断し、受け入れ先病院を探します。


それに対して産科の場合には、妊婦健診を受けて分娩予約をしている時点でその産科施設の医師が診察をし、搬送先を探します。救急隊が搬送先を探すわけではありません。
その点も、救急搬送の他科との違いです。


搬送先が決まると、必要があれば救急車を要請します。
医師または看護スタッフが同乗して、搬送先へすぐに出発します。


たとえ受け入れ先が遠方でも、救急隊も市区町の担当範囲を越え、時には都県を越えて搬送をしてくださいます。


私のクリニックで搬送するときには、3〜4ヵ所の救急隊が対応してくださっています。119番に救急車を要請すると、産科搬送の場合はすぐにどこかの救急隊を派遣してくれるので、「救急車が出払って向えない」ということは今までもありませんでした。


こうしたさまざまな現場の尽力で、10年前に比べても「今昔」の感があるほど改善されてきたと思います。



現在は自治体の周産期医療ネットワークシステムのセンターに電話をすることで、センターが搬送先を探してくれます。
状況に応じた受け入れ先病院を決めてくれます。



産科の先生が電話の前で何時間も搬送先を探さなくて済むようになった。
本当にすごいことだと思います。




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