産科診療所から 11   <有床診療所の看護管理が確立されていない>

大手書店の医学書コーナーをよく見に行くのですが、私が看護師になった1980年代初頭に比べて驚くほど看護関係の雑誌や書籍が出版されています。


30年前は、たとえばある手術の術前・術後看護の手順をつくるのにもほとんど参考になるような本はありませんでした。
現在は、読みやすく臨床ですぐに参考になるような書籍がたくさん出ています。


看護管理の本もたくさん出版されています。


私自身は、看護管理者(師長以上の管理者)になることよりもずっとお産や赤ちゃんの世話という臨床で働き続けることを選択したので、看護管理を系統的に学ぶことはありませんでした。
ところが看護管理者の道を避けて診療所を選んだのに、もっと看護管理の知識が必要となってしまったのは想定外でした。


というわけで書店にいくと看護管理のコーナーや雑誌も目を通すようにしているのですが、残念なことに診療所の看護管理について書かれた本をいまだにみつけることができずにいます。
日本の看護管理の本は総合病院がほとんどで、たまに訪問看護ステーションについて書かれたものを目にするぐらいです。


<看護管理とは何か>


看護職でも看護管理とは何か定義を言える人は少ないかもしれません。
まして医療関係でない方にはわかりにくい話ですみません。


日本看護研究学会という団体から出されいる雑誌の「看護管理50年の歩みとこれからの方向」(2001年)という論文がネット上で公開されていました。


その中に、1961(昭和36)年に開かれたWHO西太平洋地域事務局主催の看護管理ゼミナールで示された看護管理の定義が書かれています。

看護婦の潜在能力や関連分野の職員及び補助職員、あるいは設備や環境・社会の活動などを用いて、人間の健康向上のために、これらを系統的に適用する過程である。

そして「これから、看護管理が病院に限定されたものではないことは明らかである」としています。


この定義が示された1960年代に比べれば、表2「看護管理の発展経緯」にあるように、今日まで病院の看護管理は飛躍的に進んだといえるのではないかと思います。
日本看護協会を始めとして、看護職の労働環境の改善や教育を充実させるために、本当に多くの方たちの努力があったのだろうと思います。


それでも、「病院に限定されたものではない」はずなのに、診療所の看護管理についてまとまった1冊もないのはどうしてなのでしょうか。


その表2「看護管理の発展経緯」を見ると、私が勤務している産科診療所は第一段階の第二期か第三期ぐらいで時間が止まっているのではないかと思います。

第2期 1960-1970 病院ストを契機とした看護自立への道


第3期 1970-1976 高度医療・患者の重症化の中での看護業務の確立

なぜ診療所の看護管理は確立されていないように見えるのでしょうか。


看護管理の定義を「病院に限定したものではない」と書かれている意味は、病院看護にかぎらず予防医療や公衆衛生にも看護管理が必要であるということのようです。


おそらく、診療所の看護管理は病院のそれと基本的なところで大差がないという認識なのではないかと思います。


でも実際に診療所に勤務してみると、経営者との関係あるいは保険診療上のしくみなど、病院とは異なる世界のように感じることがままあります。


<日本の医療が作られた頃の特殊性>


上記の論文の中で、図2「日本の看護のなりたちと欧米との違い」が示されていて、以下のように説明されています。

重要なことは、医療における看護の位置づけである。欧米諸国では、英・米・独、オランダ、フランスなど国が違っても、看護婦が寺院で旅人や弱った病人の看護をしており、そこに医師が入る形である点で共通しているのに対し、日本では、医師が一人医業をしている処へ看護婦が入ったという歴史的経緯があり、図2に示すように、主が逆になっている。従って、日本の看護婦の考え方の根底にはどこかに医師に従属しているという感覚がある。

これは「病院+看護=近代医学」で紹介した、中井久夫氏の以下の文にも通じるものがあると思います。

病院の起源は神殿・兵舎、修道院などいくつかあるが、看護概念なくしては病院はたんなる患者収容所にすぎなかった。

歴史的背景が異なるものを取り込んでいくには時間が必要ですが、それでも病院が変化したのに対して、有床診療所では今もまだ日本の特殊性が色濃く残っているといえるのかもしれません。


そして総合病院の看護管理者は全国規模で問題を共有するシステムがあるのに、有床診療所は横のつながりがほとんどないのではないかと思います。


あの昨年の福岡の整形外科診療所での火災も、一人夜勤の施設でした。
あの火災をきっかけに、有床診療所での前近代的な一人夜勤体制とリスクマネージメントが看護職内で議論されたのかどうかも、聞こえてきません。


有床診療所に勤務する人向けの看護管理研修というのもないのが現状です。




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