人を育てる ー プリセプターシップ

5月に入り、新人を迎えた組織も少しひと段落した頃でしょうか。
「経験は積んでいくもの」で書いたスーパーのレジ係の方たちのように、社会を構成している仕事それぞれに熟練していくまで人を育てるスキルがあり、それは個人個人の経験として言葉に表現しきれずに蓄積されているのではないかと思います。


総合病院で勤務していた時には4月に新人が病棟に配属され、時々中途採用者のオリエンテーションがあるのが年間のスケジュールという感じでした。


<プリセプターシップとは>


この新人看護師を育てる方法として、プリセプターシップという言葉が聞かれるようになったのは、正確な時期はわからないのですが1990年代半ばだったと記憶しています。


「看護用語辞典 ナースpedia」には次のように説明されています。

新人看護師が職場に適応し、職業人として自立できるよう支援する制度のこと。新人看護師一人に対して、一定期間、教育・指導をマンツーマンで先輩看護師が行うことで、深刻なリアリティショックやカルチャーショックを防ぐことを目的として運用される。

だいたい3〜4年目の看護師がプリセプターになり、およそ半年から長いと1年間、ひとりの新人を受け持つプリセプターシップが広がりました。


最初の2週間ぐらいはほとんど毎日手取り足取り、業務についてや病院内の常識などを教えていきます。
その後もしばらくはできるだけ、プリセプターとプリセプティ(新人)が同じ勤務日になるようにして、ひとつひとつの業務を準備から実施、そしてその評価までをひとりの先輩看護師が担当になって教えていくものです。



<プリセプターシップのデメリット>



なぜ3〜4年目看護師が担当になるかというと、看護師の5段階で「一人前」になった段階であり、教えられていた立場から人を教える側になることでまた成長することを期待するという理由があるようです。


あるようです・・・と書くのは、実際には日本の比較的大きな総合病院というのは、看護スタッフ構成が1年目から3年目が半分近くを占めるぐらい多く、数年目より上になると結婚・出産、あるいは転職などでまばらになり、30代、40代はごくわずかしかいないという、若い世代で成り立っているという実情があるからではないかと、私は思っています。


以前勤務していた綜合病院でもこのプリセプターシップを導入していました。3年目というのは、少し余裕がでて仕事のおもしろさを追及していきたくなる時期です。ところが、自分自身の仕事に加えて新人を育てるという重い責任に潰れそうになっていました。


また通常、プリセプターの経験は1回なのですが、3年目が少ない年には2回もプリセプターを命ぜられるスタッフもいました。

看護というのは自分の業務だけでも医療事故を起こさないように緊張し神経をすり減らす仕事ですが、もう一人の新人の行動まで見て責任がかかるわけです。
3年目ではいっぱいっぱいだろうと感じました。


看護師さんのブログの「プリセプターは時代遅れだ!」という記事に、その方が考えるプリセプターシップのデメリットが書かれていました。
たとえばこんな感じ。

・必ずしも、教えるのが上手とは限らない
・性格に難がある人がいたり、新人が嫌いな人もいるかもしれない
・異常に厳しいかもしれない

確かに厳しい教え方をする人がいて、「あんな教え方では人をつぶしてしまう」と端からみれば思うこともあるでしょう。


でもそれはもしかすると個人の性格ではなく、「プリセプター制度のデメリット」にあるように、プリセプターに対するサポートが無いことが一番の問題かもしれません。


3〜4年目に新人を育てる責任を負わせていること、病棟業務の責任もこの年代が負わざるを得ない日本の病院の看護スタッフの年齢構成が、心優しいスタッフを鬼にせざるを得なくしているのではないかと思います。


時々、ネット上でも「看護師の世界は体育会系」とか「いじめにちかい厳しい教え方」という批判が医療従事者の人からも書かれていて、そうみえるのも止む無いと思いつつも、身近な人たちにも理解されていないことをひしひしと感じます。


本当ならば、30代から40代ごろの全体を見渡せる余裕ができた世代のほうがゆとりをもって人を教えられるのだと思います。


<プリセプターシップではない研修方法を>


「プリセプターシップは時代遅れ」
では、どんなシステムがよいのかというと「チーム全体で新人を育てる」ということを取り入れている病院が出てきているようです。
なんだ、30年前に戻ったのではないかと感じます。


私が新卒で入職した病院では、新人に対して2・3年目の先輩が個人を担当するのではなく全体的に世話をするという雰囲気がありました。さらにその上の先輩達も見守って育てる・・・という感じです。


プリセプターシップのように、一日の仕事が終わったあともプリセプティが新人の「その日の振り返り」をするために遅くまで残ることもなく、新人もその日の振り返り、反省を追い詰められることもなく、少しずつ仕事になれていった記憶があります。


「私がこの新人を一人前にしなければ」なんてプレッシャーを感じる必要がないほうが、伸び盛りの3年目をつぶしてしまうことも「厳しい人」のレッテルを貼られてしまうこともないでしょう。


自分の業務をこなしながら新人を育てることまで3年目に求めていること自体が、人の能力や職業人としての成長段階を配慮していない過重なものであることを認めない看護の世界は、やはりあまり科学的な思考ではないのだろうと思います。


そして人を育てるために必要な人員をきちんと計算できていないから、また「プリセプターは遅れている」「次は○○法で」と、カタカナの方法論が取り入れられて現場は右往左往させられるのだと思います。


実践力までを学生の実習で学んでいない新人を受け入れるための現場研修には、業務の片手間で人を教えさせるようなスタッフ数では危険であるということ、そして人を育てるのにふさわしい年代があるということを客観的な方法で示してくれる研究を是非お願いしたいものです。