出産・育児とリアリティショック 2 <マタニティサイクルと精神的な変動>

妊娠・出産・育児の始まりというのは、それまでの人生にないほどの不安、高揚感、あるいは挫折感などがいっきに押し寄せてくるような感じなのではないかと思います。


「と思います」としか書けないくらい、案外、このマタニティサイクルの女性の精神状態についてはまだまとまって書かれた専門書もみあたりません。


いえ、もちろん論文や資料もあることはあるのですが、なんといっても「精神」「心」「気分」というのは一般化しにくい分野であるということではないかと思います。


<正常と異常の境界線がわかりにくい>


たとえば外来や入院中に出会う方の中に、とても不安の強い方がいらっしゃいます。これでもかというほどたくさんの質問があったり、一人のスタッフの答えでは納得しないと他のスタッフに確認したりします。


産科施設ではありふれた光景で、私たちはこの方を異常な精神状態とはとらえません。


私の助産婦学生時代の教科書の中では、「妊娠に伴う生理的現象」としてこのような精神不安定が書かれています。

妊娠中不安感を抱いたり、何とはなしににいらいらしたりするなど、精神的に不安定になるのは妊婦に共通したことがらである。これは本来分娩が終了するまで解消されないものであるが、指導によってある程度軽減しうる部分である。

つまり、妊娠によって体型が変わったり、腰痛が出やすくなったり、便秘がちになったりするのと同じくらい、正常な精神の変化であると受け止められます。


不安だけでなく高揚感が高まっている様子の方もいらっしゃいます。


気分があがるにしても落ちるにしても、あるていどこの「生理的変化」として受け止められるのですが、時に「病的な」ほど落ち込んでいたり多弁になっているのでは・・・と、こちらの危険信号がつく方もいらっしゃいます。


ただ、私たちは妊娠した後に初めてその女性に会うことがほとんどなので、妊娠前の性格とどのように変化したのかまではわかりません。
もともとの性格もあるのか、それとも妊娠によってかなり変化したのかも、もしかすると本人でさえよくわかっていないのかもしれません。


それでも過ぎてみれば、あれは妊娠に伴う一時的だったのかということが多いのですが、正常と異常の境界線がほんとうに難しいものです。


<妊娠の時期でも大きく変化する>


妊娠期間は、妊娠初期(〜15週)・妊娠中期(16〜27週)・妊娠後期(28週〜)の3つに分けますが、精神的な変化もおおよそ3段階に分けられることは周産期関係者の中では一般的な認識ではないかと思います。


たとえば、ある自治体の母親学級のテキストには以下のように書かれています。

妊娠初期はからだの変化(ホルモンなど)が大きすぎて、心身のバランスを崩しやすく不安や動揺の多い時期でもあります。ちょっとしたことに涙もろくなったり、いきいきとした感情を持てなくなったりすることもあります。

つわりがすぎたころから、からだも気持ちも比較的安定した時期に入ります。20週をすぎるころには赤ちゃんが胎内で動くのを感じることができます。赤ちゃんを守り育てている実感と意欲がわいてくるのもこのころでしょう。

そして、妊娠後期になると出産が現実味をおびてきて、出産あるいは育児への漠然とした不安が多くなります。



不安→安心感や満足感→不安と、わずか10ヶ月の間に大きく変動するのか特徴です。


しかも、体の変化、夫や家族との関係の変化、経済的変化、仕事や社会的なつながりの中での変化がいっきに押し寄せてきます。


更年期も終盤にさしかかって生殖ホルモンに影響される精神状態から解放された私からみると、あの妊娠・出産というマタニティサイクルの精神状態も正常とも異常ともいえない特殊な状況だと感じるこの頃です。




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