出産・育児とリアリティショック  6  <「五体満足ですか?」>

新生児が母体外に生まれ出て、実際にお母さんと直接対面するまでには約30秒ほどのタイムラグがあります。


もちろん、「生まれたらすぐにへその緒がついたままでお母さんのおなかの上にのせる」のであればすぐに対面することにはなりますが、いくつかのリスクを新生児に与えることになります。


ひとつは、しっかりと第一啼泣(ていきゅう)とその後の呼吸状態が安定しているか観察することがまずあります。


これが遅れると、その後に新生児蘇生術が必要な状態に陥っていくことがあります。


また、臍帯をいつ切るかについてはこちらこちらあたりに書いたのですが、出産の感動というイメージよりは現実のリスクを減らすことが大事だと考えるので、へその緒を切ってからお母さんが対面するという順番です。


そのわずか30秒ほどの間に、こちらも新生児の全身の観察をしながらお母さんと対面させるだけ状態が安定したかなどさまざまなことを判断しています。


一応、「元気な赤ちゃんですよ」と安心してもらえるように声はかけるのですが、早くわが子を見たいと思うあの数十秒は、お母さん達にとってとても長く感じるのだろうと思います。



<さまざまなお母さん達の反応>


小さな声で「ふぎゃっ」と第一啼泣が始ってそのまま案外呼吸が安定している新生児だと、あのイメージしているような「オギャー」という産声がないこともあります。


「赤ちゃんが泣いていない」と勘違いして泣き出してしまうお母さんが時々いらっしゃるので、小さな産声の時には「聞こえなかったかもしれないけれどちゃんと泣いて元気」ということを伝え、お母さんに安心してもらうためにちょっと新生児を刺激して大きな泣き声を出してもらうこともあります。
赤ちゃん、ごめんなさい。


姿を見ていなくても産声だけで安堵される方がほとんどです。


中には性別の方が気になる方もいらっしゃいます。
上の子たちがずっと男児だった、あるいは女児だった場合の3人目や4人目の経産婦さんたちです。
最近ではエコーで妊娠中から性別を聞いている方がほとんどなのですが、やはり実物を確認しないと安心もあきらめ(笑)もつかないようです。


「わー、やったー」と「あーあ」の、まさに人生の分かれ道のような反応です。
元気で無事に生まれてきた新生児への人生の最初の祝福の言葉にしては悲しいものがありますが、きっとにぎやかに皆にかわいがられるだろうと思っています。


<「五体満足ですか?」>


以前は分娩時に、ご本人やご家族からよく「五体満足ですか?」と尋ねられた記憶があります。


この質問をされるお気持ちもわかるけれど、こちらの心もちぢに乱れそうになります。


私自身はお母さんやご家族の気持ちを考えながら分娩介助しているつもりですが、もしかすると新生児に一番共感を持っているのではないかと思うことがあります。
なので、その一言を言われた新生児の気持ちはいかばかりかと。


「今のところ元気ですよ」と一応は答えるのですが、「でもこれから先に何があっても、きっと○○さんとご家族ならこの赤ちゃんを守っていけると思いますよ」と答えることにしています。
きっとそれがその赤ちゃんの願いだと思うので。


最近、この「五体満足ですか?」と聞かれることが少なくなった印象があります。
あくまでも印象なので、たまたま聞かれなかっただけなのかは定かではないのですが。


でももしかすると「五体不満足」という言葉が世の中に広がったことが影響しているのではないかなと思うことがあります。


その本は読んだことはないのですが、乙武洋匡(ひろだた)氏の母親が生まれた直後の乙武氏を抱きしめて「かわいい!」と言ったことをどこかで読んだ記憶があります。


その話を聞いた当時、すでに私は勤務先で何人もの先天性の疾患や奇形をもって生まれた赤ちゃんと出会っていました。
本当に「かわいい」と思うのですが、悲嘆にくれ将来を不安に思っているご両親の前では少しはばかられるところがありました。


この乙武氏の母親の話を知ってから、気持ちを隠すことなく、涙にくれているお母さんの前でも赤ちゃんをかわいいと言うようにしています。
真っ赤な顔をして啼いて呼んでいる姿もかわいいですし、ウンチをしたあとのほっとした顔もかわいいですから。


これからのご両親の不安や苦労には何も役に立たないかも知れないけれど、でも少なくとも新生児にとっては無条件にかわいいと思ってくれる人がいることはうれしいのではないかと思うのです。





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