出産・育児とリアリティショック 9 <体を動かせない>

妊娠中はおなかが大きくなるにつれて体の動きが制限されます。
寝返りをうつのもゆっくりしかできないし、「あーーーうつ伏せになって寝たい!早くお産が終わって自由に動きたい!」と思ってすごしていらっしゃることでしょう。


お産が終わると、自由に動くどころか体中のいろいろな不調にショックを受けるようです。


<体を動かしにくい>


まず最初に、お産が終わって部屋に戻る際、分娩台から車椅子に移るだけでも思うように体が動かせません。
電動式のベッドなので上体を起こすこともサポートしているのですが、坐ることも脚を動かすこともゆっくりしないと動かないし、時にはこちらで脚を持ったり介助が必要なぐらいです。


車椅子に移るだけでも、自分の体はどうなってしまったのだろうと思うほど融通がきかなくなっています。



ベッドに戻ってホッとしても、寝返りをうつのもままならないようです。



そろそろトイレに行ったほうがよいかと声を掛けても体が動かせないので、まず皆さん、「今はいいです」とおっしゃられます。
でもこちらの記事に書いたように分娩直後には利尿期があり、それまでの人生で体験したことが無いほどの尿が溜まりやすくなります。



おなかの上から触っても尿が溜まっていることがわかるので、尿閉を起こす前には排尿するようにとトイレに行くことをすすめるのですが、ご本人は尿意を感じにくくなっている上に体を動かす苦痛の方が上まわっているので、「行きましょう」という私たちを「(鬼!)」と感じているに違いありません。


ちょっとうらめしそうな表情で(笑)しぶしぶ立とうとするのですが、体中の痛みと傷の痛みなどでベッドに腰かけるまで1〜2分はかかります。


トイレまでは数メートル、遠いベッドでも10mほどですが、最初に歩行する時には気が遠くなるような距離のようです。


何度か歩き始めると体の動かし方のコツがつかめてくるようですが、産後に歩けないということは皆さん予想外のようです。


<「赤ちゃんが痛み止め」・・・でも>


経膣分娩の方も体が動かしにくいのですが、帝王切開の方は創痛のためにさらに寝返りをうつのも最初は介助が必要なくらいです。


どちらのお産も自分の体が大変なお母さん達なのに、赤ちゃんを連れて行くとパッと顔が輝いて自分から手を伸ばして動こうとされます。


赤ちゃんが何よりの痛み止めになることに、こちらもお母さん達の我慢強さになんだか胸をうたれます。


そしてその「痛み止め」の効果が薄れてきた頃合いを見計らって、赤ちゃんを預かりに行きます。
「頑張らなくても大丈夫。1日1日と動きやすくなるので、無理しないでね」
「赤ちゃんのお世話は私たちに任せてください。赤ちゃんに会いたいときはいつでも声を掛けてください」と。


きっと赤ちゃんの世話を最初から母がするというイメージが強いので、身動きのとれない自分が恨めしく、自分を責める気持ちになっているのではないかと思います。


<壮絶な現代の産椅子とヨトギ>


さらに「吸わせなければ母乳はでなくなる」と言われれば、産後のこのボロボロの体と心に鞭打ってでも「頑張ることに意味がある」と自分を追い込む方たちがでてくることでしょう。
赤ちゃんのためなら・・・と。



この時期のお母さん達を完全母子同室や完全母乳という言葉で追い込むことは、現代の産椅とヨトギだということを以前書きました。


たまたまその方法でうまくこの時期を乗り越えた方は、自信をもち「頑張ればできる」と他の方にも勧めることでしょう。


でも、そうでなかった方は「あれだけ自分が頑張ったのにうまくいかなかったのは、他の理由(病院の教え方が悪い、ミルクを足したからなど)」の方向へ向く方と、「もう二度と完全母子同室とか母乳で頑張るなんてこりごり」という方向へ向く方がいらっしゃるような印象です。


このお産直後の身体の不調と産婦さんの理想と現実のギャップが心理的にどのような影響を与えるのか、ケアする側はもう少していねいに観察が必要なのではないかと思っています。





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