先日の記事にアルデンテさんからいただいたコメントの中に、「産後は切開の傷が痛いくらいで」とさらっと書かれていました。(アルデンテさん、ありがとうございます)
きっと1年前のその時期には、傷をかばってそろりそろりと歩いたり、坐るのにも円座が必要で坐り方をあれこれ工夫されていらっしゃったのだろうと思います。
初産の経膣分娩の場合にはほとんどの方が会陰切開や会陰裂傷で縫合を必要としますし、帝王切開となれば十数センチの術創ができます。
たとえば私が指を1cmぐらい切って縫合しただけでも、指先がジンジンと痛くて日常生活が妨げられます。
それに比べて、出産後のお母さん達はなんて我慢強いのだろうと思います。
私の勤務先は硬膜外麻酔による和痛分娩を行っていますから、「私は痛みに弱いので」という方も出産されます。ところが、きっと陣痛よりももっとつらいのではないかと思われるようなこの産後の傷の痛みに数日ぐらい耐えていらっしゃるのです。
「痛みに弱くなんてないですよ」と、その方には誉め言葉になるのかわからないのですが称えたくなります。
いやぁ、女性は強しですね。
自分の体のつらさだけでなく、赤ちゃんの世話がもれなくついてくる産後を乗り切るのですから。
<痛みの程度の個人差は大きい>
会陰裂傷の程度については、1度から4度まであることをこちらの記事で書きました。
3度から4度の深く広範囲な裂傷を予防するために会陰切開をしますが、切開による創の深さは2度に相当します。
この傷の深さや場所と痛みのレベルはあまり関係がないのか、「こんな傷なのにあまり痛くないのですか?」と驚くような場合もあれば、見た目はごく普通のレベルなのに1ヶ月ぐらい坐ることもままならない痛みが続く方もたまにいらっしゃいます。
また経産婦さんのほうが、同じ会陰切開や2度裂傷でも産後の痛みは初産の方に比べると少ない印象があります。
会陰裂傷や切開の痛みの感じ方の個人差と、個人差に影響を与える条件は何かという点については、まだまだ未知の分野ではないかと思います。
<いろいろと工夫はされてきた>
ただ、産科の先生方もこの会陰切開や裂傷の縫合について、できるだけ産後の痛みを少なくできるような方法を工夫されてこられたと思います。
たとえば私が勤務してきたいくつかの施設では、縫合糸をできるだけ細いものにしたり表層だけを縫合する場合もありました。
あるいは縫合糸をきつく締めると痛みが強くなるので、ゆるく結ぶという方法をされている先生もいました。
ただ、縫合不全を起こすデメリットもあるようです。
あるいは、切開を入れる場所を会陰の正中にすれば痛みが少ないという考え方があり、必ず正中切開をされる先生もいました。
ただ、肛門近くに縫合部分がかかるので、むしろ側切開のほうが痛みが少ないのではないかと思える場合も多々ありました。
おそらくこのあたりは、まだ産科医の創意工夫の域にとどまっていて、産後の創痛を緩和させるための縫合方法というのはまだなかなか標準化されていないのではないかと思います。
<創痛の疼痛への対応方法もまだ標準化されていない>
産後のこの会陰切開術の創や裂傷の縫合部の痛みについては、産科施設によって対応はまだ、まちまちです。
私が勤務してきた施設では、産後に必ず鎮痛剤が処方されるところもあれば、本人の希望時に内服や座薬を使用する対応のところもありましたが、いずれにしても産後の痛みを我慢させないという方針でした。
ところが「前の病院では痛み止めはダメと言われました」という方もいまだに時々いらっしゃいます。
周産期医学関連の本を見ても、この縫合部痛に対して全国の施設で鎮痛剤をどのように使っているかという全体像がわかる文献も見た記憶がありません。
せっかく分娩時の産痛を無痛分娩で対応しているので、「この産後の縫合部痛がなくなるような対応ができたら、先生は名医になるのに」と勤務先の産科医の先生を煽っています(笑)。
<縫合部痛が強い方への標準的看護もない>
出産後の縫合部痛は、お母さん自身の日常生活を制限させてしまうだけでなく、赤ちゃんの世話に慣れていく大事なスタートの時期へ大きな影響を与えてしまいます。
私の勤務先では、産後数時間ぐらいたったら積極的に鎮痛剤の座薬を勧めています。
内服と座薬では、やはり座薬のほうが鎮痛効果がある印象です。
一応、「どちらがいいですか」とご本人の意向を確認するのですが、ほぼ皆さん「内服で」とおっしゃられます。
肛門へ座薬を入れる(入れてもらう)ことへの抵抗感があることがわかりますので、最初は内服にするのですが、次は座薬を勧めるとその効果が歴然とするようです。
授乳や食事などで坐ることが多くなる時間帯の前に、できるだけこちらから座薬の使用を勧めます。
赤ちゃんの世話にしても身の回りのことをするにしても、鎮痛剤の効果が出てきたころの方が気持ちが積極的になれることでしょうから。
多くの方は、退院診察で抜糸をすると引きつれたような痛みが激減して、その後は鎮痛剤が不要になるようです。
ただ、時に1ヶ月くらい創痛が続いて坐ることも辛いという方が、特に初産の方でいらっしゃいます。
お産の経過も会陰切開創も、とくにこれといって他の方との違いはないのに、痛みが続きます。
こういう方のために、具体的に1ヶ月くらいをどのように創痛コントロールしていくか、坐らないで赤ちゃんの世話をする方法はどうしたらよいか具体的なアドバイスが必要になります。
そして最も大事なのはいつ頃までにこういう状態から解放されるかという見通しを説明して、それまでなんとか気持ちが切れることがないように、「私たちも一緒に考えていきますね」というこちら側の姿勢かもしれません。
創痛の程度にあわせた産後ケアは、まだまだ標準化されたものもないのが実情です。
こうした創痛や排泄など自分の体が思うようにいかないことは、産後のリアリティショックといえるのではないかと思います。
私たちが「産後の傷の痛みなんて当たり前」と見過ごしてしまうと、退院後のお母さんたちにどれだけ影響を与えているのかを観察する目をくもらせてしまうことになるでしょう。