助産師の世界と妄想 7 <新生児訪問はいつ頃から始ったか>

前回の記事で、「助産師基礎教育テキスト第3巻 周産期における医療の質と安全」(日本看護協会出版会、2009年)の中に書かれている新生児訪問についての記述を紹介しました。


その中に「新生児訪問・全戸訪問(こんにちは赤ちゃん事業)」(p.193)と書かれています。
この訪問を受ける側だけでなく、おそらく新生児訪問に関わったことがない助産師だとその違いもよくわからないのではないかと思いますので、少し退屈かもしれませんが新生児訪問の歴史のような話です。


<東京都のガイドラインより>


東京都が出しているガイドラインにその歴史がわかりやすく説明されています。

「新生児訪問とこんにちは赤ちゃんの協働に向けて」(PDF注意)
平成21年3月
東京都福祉保健局少子社会対策部子ども医療課

「新生児訪問」がいつ頃から始ったのか、1ページ目に以下のように説明されています。

(1)新生児訪問
 新生児訪問事業(以下「新生児訪問」といいます。)は、昭和36年度に開始しました。あわせて、妊娠中毒症の予防と早期発見を目的とした妊産婦訪問指導(以下「妊産婦訪問」といいます。)が昭和37年度に開始されました。
 新生児訪問と妊産婦訪問は、同じ時期の新生児と産婦を対象とした訪問であるため、同じ訪問者により同時に実施されてきたという経緯があります。

昭和36年度、1961年ごろというのは、国民皆保険になり出産を病院や診療所でする人が増え始めた反面、まだ無介助分娩も多い地域があったり、母子保健の課題が山積みの時代でした。


一人でも生まれてきた赤ちゃんを生き延びさせようと、社会が動き始めた時代に新生児訪問が始ったのでしょう。


<新生児訪問が始まる以前の日本の様子>


1950〜60年代ごろは日本の病院の看護も大きく変化したとこちらの記事で書きましたが、その中で参考にさせてもらった福井県看護連盟のHPの「保健師の役割の変遷」というインタビュー記事に、当時の新生児が置かれていた状況がわかる話が載っています。

その頃は未熟児養育医療制度というものがあり、未熟児の届出が出ると私たちが訪問するんです。訪問して、それこそ虫の息みたいな赤ちゃんを見たときには助産師さんと相談して、お母さんの了解を得て病院に入院させたこともありました。

別の未熟児訪問を行ったときには、こたつの中に赤ちゃんが一人ぽつんと寝かされていて、「これは大変!」と思ってお母さんに指導したんです。でも1週間ほど後にその子が亡くなったと聞きまして、ショックを受けました。「変なことを教えたのか?」とか「その後をきちんと確認しなかったのが悪かったのか?」という思いが今でも残っています。

あの頃は妊産婦死亡や乳児死亡、新生児死亡が全国より高いという状況を何とかするために、昭和45年ごろ、県で「健康な赤ちゃんづくり政策」というものを打ち出しました。
赤ちゃんの実態調査などを行った結果、妊産婦が検診を受けないために子供の死亡も増えるということがわかり、県では妊産婦の無料検診や赤ちゃんの乳児健診を1回でも多く受けられるような制度にしたり、母子推進員の方々に一生懸命活動していただいたりしたんです。

ずいぶん大昔の時代の話に聞こえそうですが、現在50代の私たちが生まれた頃の日本の話です。


児童福祉法による新生児訪問の始まり>


上記のインタビューではまだ未熟児訪問しか行われていませんでしたが、その後、1961(昭和36)年に新生児訪問が始ります。


現在の新生児訪問の根拠となる母子保健法は1965(昭和40)年ですから、当時はまだ児童福祉法によるものだったようです。


「日本助産師会のあゆみ(歴史)」には、以下のように新生児訪問の始まりが書かれています。

1961(昭和36)年 
児童福祉法の一部改正により新生児訪問指導開始。生後28日以内に1〜2回、養育上必要ある場合は数回の訪問指導をする。また、開業助産婦の訪問指導体制の確立のため再教育および訓練を行う旨児童局長通知。

こうして、未熟児以外の赤ちゃんにも新生児訪問が行われるようになりました。


ただし、まだ全員の新生児が対象ではなく、東京都の上記ガイドラインでは以下のように書かれています。

母子保健法第11条
「市町村長は、前条の場合において、当該乳児が新生児であって、育児上必要があると認めるときは、医師、保健師助産師又はその他の職員をして当該新生児の保護者を訪問させ、必要な指導を行わせるものとする。

そしてようやく2007(平成19)年、全ての新生児が対象になる「生後4ヶ月までの全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)」が作られたのでした。


<どのような想いがあったのか>


私も新生児訪問をしていた頃は、家に戻ってからも「あの説明で良かったのだろうか」とか「もう少しあのことも説明しておけばよかったかもしれない」などとても気になりました。


医療も福祉も制度がだいぶ整った今の時代には、上記のインタビュー記事のように訪問で関わった赤ちゃんが亡くなって無念とか罪悪感に悩まされる事態は、虐待や貧困などかなり限られた状況ではないかと思います。


「変なことを教えたか?」「その後をきちんと確認しなかったのが悪かったのか?」とご自身を責め続けてきた保健婦助産婦も、当時の医療レベルの知識に沿ってなんとか新生児を生き延びさせたいと願っていたのではないでしょうか。


半世紀たった今、まさかその後輩が本当に「変なこと」をお母さん達に教える時代が来るとは夢にも思わなかったことでしょう。




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