東南アジアで暮らした時に、南の国の植物や動物はいろいろな意味でダイナミックだと感じました。
色が鮮やかだったり、大きかったり。
今ではよくテレビで見かける極楽鳥ですが、あの鮮やかな色や羽の形、そして求愛ダンスなど、日本にいて思いつく鳥とは違いますね。
20年ほど前にパプアニューギニアで働いていらっしゃったある方から初めてその写真を見せてもらったときには、東南アジアといっても一口では語れない生態系の違いにまた驚きました。
もうひとつ東南アジアの植物のダイナミックさとして思い浮かべるものが、ココナッツです。
1980年代初め、まだ東南アジアへの観光がマイナーだった頃でしたので、ココナッツといえばココナッツミルクとココナッツジュースぐらいしか思い浮かびませんでした。
初めて暮らしてみて現地ではココナッツの多様な使われ方があり、また現地では見かけないけれど輸出先での多様な用途に、1本の木なのにダイナミックだといつも感じるのです。
<ココナッツオイル>
空港に降り立つと、ふわっと漂う香りで「あ、この国のにおいだ」とわかる独特のものがあると思いますが、私が暮らした国は少し甘いようなココナッツオイルのにおいでした。
ですから今もココナッツオイルのにおいがすると、走馬灯のようにいろいろな情景や感情が蘇ってきます。
東南アジア全域にココナッツはあるのですが、たとえばタイに行った時には空港で感じたにおいはまた違ったような気がしました。まあにおいを客観的に表現するのは難しいので、かなり思い込みの部分が大きいのですが。
日本の生活は「ヤシ油」なしには成り立たないほどさまざまな製品に使われていますが、ヤシ油の説明にあるように、ココナッツオイルの「やし油」よりは最近はパーム椰子(アブラ椰子)の方が使われているようです。
日本ではヤシ油・パーム核油あわせて年間約10万トンが消費されており、そのうち約6割が洗剤・石鹸などの工業原料として、4割が食用として用いられる。水素添加によりココアバターの代用、また乳脂肪に性質が近いため、ホイップクリームやコーヒーフレッシュ、ラクトアイスの原料などにも使われる。
現地では、ココナッツマーガリンとして本当に乳製品の代用として使われていました。
検索すると台湾製のココナッツミルクマーガリンというのが出てきて、その写真をみると柔らかいスプレッド状のもののようですが、私が出会ったマーガリンは違いました。
靴用のワックスよりももう少し硬めのもので、パンにつけるのにも少し力が必要でした。
味も日本のマーガリンに比べると淡白で、パンを食べるのに滑らかさを補うのが目的のような代物と感じました。
後にやみつきになったのですが。
そのマーガリンの最もすごいことは、常温保存できることでした。
冷蔵庫も普及していましたが、1960年代の日本のような感じでまだ高級家電でしたし、しょっちゅう停電するので食品を保存するには少し不安がつきまといました。
牛乳から作られたマーガリンやバターも大きめのスーパーに行けば手に入るのですが、日本の生活の感覚なら1個1000円から2000円ぐらいの贅沢品でしたし、暑い中、持ち帰るまでに溶けやすいのであまり買うことはありませんでした。
平均気温が30℃前後の国で、冷蔵庫なしに保存できるマーガリンを作り出した熱意のようなものを、ココナッツのことを考えるたびに思い出すのです。
<食べるためのココナッツ>
その国での生活に慣れて市場に出かけたり、地方の村に滞在するようになって、生活の中でココナッツが多様な使われ方をしていることを知りました。
まずは、パカッと割るとでてくるのがココナッツジュースです。
ほどよい甘さで水分や栄養補給にはもってこいの飲み物ですが、いつも「もったいなーーーい」と叫びたくなるほど現地の人たちは惜しげもなく捨てていました。
厚さ3cmぐらいの白い胚乳部分が商品なのです。
これをギザギザのついた刃物でシャカシャカと削り、水を加えて搾ることでココナッツミルクができます。これを料理に使います。
この胚乳部分はマカデミアナッツのような淡白な味で、そのままかじってもおいしく食べられます。
村に行くと、授乳中の女性がおやつがわりにかじっているのを見かけました。
この胚乳部分の油脂から食用油に加工されたものが市場で売られていますが、この油の独特の甘いにおいがこの国のにおいのもとだと思いました。
食用油だけでなく、日常的に使われる酢もココナッツから作られています。
<ヤシ酒>
そしてもうひとつ、お酒もこのココナッツの木からとれます。
最初はココナッツジュースを発酵させているのかと思っていましたが、農村の家にホームステイさせてもらって初めてその作り方を知りました。
この液体を集めるのに使用される場所として、主にヤシの花が選択される。つまり、ヤシの花を刈り取って、その場所に容器を固定することで、そこから染み出してくる白色の糖分を含んだ液体を採取するのである。
この液体は、採取後まもなく空気中に浮遊している酵母によって発酵が始まる。これだけ発酵開始が早いのは、しばしば液体の採取に用いた容器に付着した酵母がいるためともされている。
村に泊まらせてもらうと、このヤシ酒を飲める機会があります。
子どもがするするとヤシの木のてっぺんに登って容器を回収してくると、そこにはすでにほどよく発酵したヤシ酒ができているのです。
酒飲みの私にはあまりアルコール分を感じない飲み物だったのですが(笑)、それでもちょっとほわっとしてきます。4%ぐらいと書いてあるものもありました。
容器回収のタイミングが遅れると発酵が進み「酢になる」と聞いたのですが、たしかにヤシ酢の原料はこの樹液のようです。
<油脂原料としてのココナッツ>
ココナッツミルクがとれるのはまだ表面が青緑の若い椰子ですが、中の胚乳が厚くなるまで待って表面が黄色みをおびてくると、今度は油脂の原料のコプラにするために収穫されていたようです。
郊外ではヤシの木が植えられていて、道ばたでこのコプラを天日干ししている風景をよくみました。このコプラが乾燥する時のにおいもまた「この国に戻って来た」と記憶が一気に呼び覚まされるものですが、残念ながらにおいを伝えるのは難しいですね。
天日干ししたコプラは仲買人によって集められ、大きな精油工場へと運ばれて行きます。
それが輸出されて、私たちの生活へとつながっているのでした。
<ココナッツの多様な用途>
多様な用途があるココナッツですが、現地では使われていないけれど日本での使われ方の代表がたわしでしょうか。
その「歴史」に書かれているように、明治時代に「椰子の繊維を用いたより耐久性の高い亀の子束子」が作られ特許をとったようです。
あのたわしの原料は椰子の繊維であることはなんとなく聞いたことがあったのですが、現地ではプラスチック製を含めてたわしそのものを見かけることもあまりありませんでした。
そのかわりというか、ココナッツの殻を半分に割ったものが売られていて、これを足で床を磨くのに使われていました。ほどよい油分があって床がピカピカになり、ついでに足腰のエクササイズにはもってこいだと感心しました。
ココナッツの殻のさらに内側の部分は炭に加工されて、現地では料理をするときの燃料に使われています。
1980年代頃からでしょうか、確かな年代はわからないのですがこのココナッツの殻から作られた炭が日本にも輸入されて使われるようになったそうです。
金町浄水場*ではこの椰子殻活性炭が使われていることを、椰子殻について調べていた知人から聞いたのは1990年代初めの頃でした。
NHKの「世界の料理」に書かれているように、浄水場だけでなく清掃工場などでも使われているのですね。
明治時代、資源を求めて南洋へと出かけた日本人にとって、コプラをとったあとに打ち捨てられているココナッツの殻や繊維はまるで宝が捨てられているように思えたのだろうと想像しています。
それで実際に現地では見向きもされなかったものがたわしとして日本では重宝され、さらに現地では思いつかないような用途が広がって行ったのだと思います。
たしかにその需要と供給のバランスには、現地への環境負荷への配慮も必要だろうと思いますが、そのあたりは私も不勉強なのでよくわかりません。
ただ、ココナッツはその一本の木から、油や酒や酢が採れて、さらにはたわしや活性炭にまでなるなんと万能感のあるダイナミックな植物なのだろうと、今さらながら思うのです。
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