11月4日のニュースに「病院の責任、二審も認めず カンガルーケア訴訟」(共同通信)という記事がありました。
新生児を親が胸で抱くカンガルーケア中に呼吸が止まり後遺症を負ったのは、安全対策の不備が原因だとして、大阪府内の女児(3)と両親が同府富田林市の医療法人に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁は31日、病院側の責任を認めなかった一審大阪地裁判決を支持し、女児側の控訴を棄却した。
森義之(もりよしゆき)裁判長は、女児が生まれた当時、ケア時の監視体制は国内の多くの病院で整っていなかったと指摘。
今回のケースについても「医師らが分娩(ぶんべん)室を何度も訪問するような注意義務を負っていたとは言えない」と判断した。
判決によると、女児は2010年12月、健康体で出生。直後から母親があおむけになって抱いたが、約2時間後、助産師が分娩室を離れた間に動かなくなり、呼吸が停止。低酸素脳症を発症し、24時間介護が必要な植物状態となった。
裁判に関しては知識がほとんどないので訴訟関連は記事にしてこなかったのですが、さすがに本当にこれでよいのだろうかと疑問に思う判決でした。
<2010年当時とは>
私がブログを始めた2012年1月、カンガルーケアへの疑問から記事は始まりました。
こちらの記事に紹介したように、2008年(平成20年)には「『赤ちゃんにやさしい病院』における分娩直後に行う母子の皮膚接触(early skin to skin contact)」についての研究報告書が出されて、さまざまなインシデントが報告されています。
2008年当時、私はこの報告書の存在を知りませんでしたが、どこからともなくカンガルーケア中の事故のニュースは耳にしていて直感的に怖いと感じていました。
そして当然、中止させる方向になるのだろうと思いました。
ところが「出生直後の新生児は蘇生がいつでも必要になる状態にあるのだから、カンガルケアーが危険という事ではない」という、現場からみたら明後日の方向へと向き始めました。
それで「カンガルーケアを勧める研究会が安全のためのモニター装着を提案している」ことに対して、kikulogに以下のコメントを書いたのが2009年でした。(現在はコメント欄は閲覧できません)
モニターまでつけて実施して得られる「自然な」あるいは「豊かな」母子関係の早期確立などは本当に必要なことなのか、問い直す必要があるのではないでしょうか。
そして2010年にはカンガルーケアガイドラインが作られ、さらには2012年には「早期母子接触」という言葉に言い替えられて周産期医療関係者の中で推進されていきました。
すでに危険性が指摘されていたのですから、「当時、ケア時の監視体制は国内多くの病院で整っていなかった」というのはおかしいと思うのです。
整っていないのであればするべきではなかった認識を当然、当時の分娩施設は求められていたと思います。
<出生直後の新生児のヒヤリハットは明文化されていない>
出生直後の新生児を母親の胸の上にうつ伏せにさせて30分あるいは2時間接触させることが「よい」風潮になり始めた時、私自身は直感的に「危険だからそんなことは絶対にしたくない」と思いました。
赤ちゃんが生まれたあと、通常、分娩室で1〜2時間ほどお母さんと新生児の状態が安定するまで様子を見ています。
分娩直後は私たちスタッフも器具の片付けや記録などもありますが、分娩室内で片付けをしながらも1〜2分ごとにはお母さんと新生児の様子を見ていますし、アンテナは常にそちらに向けている感じです。
まして、止むなく分娩室を離れる時にはお母さんに赤ちゃんを抱っこさせたままにせず、無呼吸センサー付きの新生児用コットに寝かせるようにしています。
というのも、抱っこされて静かだと思っていたら新生児が真白になっていたり、呼吸が速くなっていたりすることもしばしばあります。
また、お産で疲れたお母さんが眠くなったり、弛緩出血で気分が悪くなっていて赤ちゃんをだっこしている手がゆるんで赤ちゃんを落としそうになることもあります。
こういう経験は、分娩介助している助産師・看護師なら必ずあることでしょう。
出生直後の新生児の保温と呼吸を妨げない体勢に十分に注意しても、こうした危険があります。
ですから、元気に生まれた赤ちゃんをお母さんの脇に抱っこしてもらう時にも、常に目を離さないようにする。
分娩室にお母さんと赤ちゃんだけにせず、必ずスタッフが側にいる。
それは、当然のリスクマネージメントだと思っていました。
ところがこうした新生児関連の文献を読んでも、このようなヒヤリハットがきちんと把握されていないように感じます。
なので「これは母子関係によいこと」というイメージに疑問を持たないで取り入れてしまうことになったのではないかと思います。
周産期医療の現場全体にこのカンガルーケアに対するリスクの認識が不十分だったし、良いことかのように拙速に進めてしまった。
その責任はやはり問われるべきだと思います。
この施設の責任というより、周産期医療関係者全体の責任ではないでしょうか。
このお嬢さんとご家族の大切な人生は取り戻せないけれど、私たち側の過ちを認めなければ、このご家族を含めて同じような状況にある方達は気持ちを前に進みだせないのではないでしょうか。
「カンガルーケアを考える」まとめはこちら。