記憶についてのあれこれ 42 <認知症の方のリハビリ>

今回の脳梗塞の発作直後に、先に父の様子を観に行ってくれた兄弟からのメールは「元気そうで、うまそうに左手でご飯を食べていた」というものでした。


ベッドをギャッジアップして座った姿勢をとっても、最初の頃は体が少しずり落ちると自分で体勢を変えることもできませんでした。
また、麻痺した側の違和感があるのでしょう。
しきりにさすったり、あちこちの体の痛みがあるのか身の置き所のない様子で、「ちょっと体の位置を変えてくれ」としきりに言っていました。


そのような状況でも、本当に食事は元気に、しかも利き手でなかった左手でスプーンをうまく使って完食していました。
「悪いな。一人で食べて。あんたは昼飯は食ったか」「これ(デザート)はあんたが食べなさい」
私がそばにいると、気遣ってくれるところも相変わらずの父でした。


食事が終わると、左手で器用に歯磨きをしていました。


父の表情や動きからは「右半身の機能を失った」という落胆はあまり読み取れず、「この動かない部分をどうしようか」という新たな課題に取り組んでいる印象を受けました。


認知症というのは不安によって周辺症状が強くなるので、右半身麻痺になった落胆や失望が父にどのような感情を起こさせるのだろうと心配していた私には、むしろ拍子抜けするぐらい穏やかでした。


急性期病院に入院した当日は点滴を自己抜去したようですが、その後は環境にも自分の体の変化にも少しずつ適応している様子でした。
1週間後には急性期病院から認知症専門病院へ転院しました。
以前から通院したり入院したこともありなじんでいる病院でも、転院した当日は夜間せん妄で落ち着かなかったようですが、その後は特に周辺症状の悪化もありませんでした。
どうやって父は今の状況を受け入れているのだろうと、不思議なくらいです。



<父の運転技術の記憶>


脳梗塞発症後2週間目ぐらいでは、父は車いすに座っている時にずるずると体が落ちても、まだ自力で体勢を変えることもできませんでした。


3週間目にリハビリが始まったので、父に同行してみました。
まだこの時点では、筋肉を温めたり立ち上がりの練習を少し始めたばかりとのことでした。


発症してから1ヶ月。
面会に行って驚きました。先週はまだ、車いすを誰かに押してもらわなければ移動することもできませんでしたが、この時には左足を使って車いすに乗ったまま移動したり、左手で車輪を操作して方向変換を器用にこなしていました。
右足は、完全に麻痺したままです。


前に進むだけでなく、切り返しをしながらバックまでしています。
まるで車の運転をしていた父そのものです。
周囲を見ながら壁ぎりぎりに車いすを「停車」させたのを見て、どこにこの運転技術の記憶が残っていたのだろうと驚きました。
そして、ほとんど動かなかった右手も少しずつ力が出て、車いすのブレーキをかけるところまでできるようになっていました。


認知症の人のリハビリ>


今回、右半身麻痺になった当初は、正直なところリハビリの効果は期待していませんでした。
おそらくこのまま寝たきりになってしまうのだろうと。


認知症の人にとって、今の状況を理解し、リハビリを継続して行くことは可能なのだろうか。
何かを教わったそばから忘れてしまうのではないかと思っていました。


ところがリハビリを見学させてもらったら、皆さん真剣に筋力トレーニングや歩行訓練に取り組んでいました。
車いすからつかまり立ちへ、平行棒から歩行器を使って歩行訓練へ、そして杖歩行へと。


認知症だと新たに教わったことも忘れて、リハビリは効果がないと思っていました」と率直な感想を理学療法士さんに伝えると、「動いてみたい、歩いてみたいという気持ちが残れば、リハビリにつながっていくみたいですね」とおっしゃっていました。


認知症専門病院の入院病棟というのは、一般の人にしたら独特の世界です。
ただぼっとして座っていたり、意味もない声を出して歩き回っている高齢者の世界に見えるかもしれません。
正直なところ、私も最初の面会の頃は居場所のないような気持ちになりました。


でもあのリハビリでの一生懸命な姿を見ると、そこに入院していらっしゃる高齢者おひとりひとりの、それまでの人生を知ってみたいなと思うほどに親近感がでてきたのでした。


年明けから始まるリハビリを心待ちにしています。





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