思いこみと妄想 17 <夢と願望と妄想>

最近、めっきり夢をみなくなりました。
あ、「夢と希望」の夢ではなくて、睡眠中の夢の方です。


小さい頃に見た夢で鮮烈に記憶に残っているものがあります。繰り返しみることが多かったので、記憶に残っているのかもしれません。


それは火事の夢でした。少し離れたところからだんだんと火が大きくなっていく様子と、その現場から逃げ去る男性と目があってしまい、金縛りにあったように怖くなったところでいつも目が覚めました。
不思議なのですが、家が燃えているような臭いまで夢の中で感じていました。


あれは幼い頃に近所でガス爆発を見た体験が意識の中にあるからではないかと今は思うのですが、子供心にしたら「眠ったらまたあの怖い夢をみるのではないか」という不安が強く、逆にその意識を呼び覚ましているところがあったのかもしれません。


実際にあったガス爆発は放火ではなかったと思いますが、その後、ニュースで見聞きする「放火」「犯人の男」といったイメージがだんだんとあの夢の下地になっていったのではないかと思います。


最近は夢を見ていた記憶はあるのですが、目が覚めた時にはほとんど詳細を覚えていないし、繰り返しみる夢もいつの間にかなくなりました。



<「夢」とは>


また頼みの綱のWikipediaを読んでみました。


睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心象のこと。睡眠中にもつ幻覚のこと。将来実現させたいと思っていること、願望、願い。

「夢」という言葉自体が、睡眠中の幻覚と現実の願いという境界線がはっきりしない部分を含んでいるという感じでしょうか。



現実が睡眠中の夢に影響することもありますね。
睡眠中にトイレにいきたくなってくると、トイレを必死で探している夢を見るとか。
あ、そこで「トイレに入ってすっきり」まで夢にみると、おねしょをしてしまう可能性があるので要注意。


あと怖い夢を見ている時は、現実に胸のあたりに自分の手や布団などの重みがかかっていて、その圧迫感が怖い夢の原因かと思うこともあるのですが、どうでしょうか。
産後2〜3日目におっぱいが急に張り始めたお母さんの中で、「夜中に馬に追いかけられる怖い夢をみてはっと飛び起きたら、自分の胸がすごく張っていて重たかった」という話も。



<夢判断>


最近は書店でもあまり「夢判断」「夢占い」といった本を見かけなくなったような気がするのですが、単に私が関心がなくなって目に入らなくなったのでしょうか。


私が小学生だった1970年代には流行していたのではないかと思います。「お答えします」で有名になった田中佐和という人の本が自宅にもありました。


面白いのは「その夢を見るとこういうことが起こる」というだけでなく、株の取引についての判断も一緒に書かれていたことでした。
詳細はよく覚えていないのですが、「その夢はこういう悪いことの予兆」であっても、同じ夢が必ずしも株取引には悪いわけではなかったり、小学生ながらなんだかよくわからないと思ったのでした。



でも小学生だった自分にはそんな矛盾はどうでもよくて、とにかく運勢がよくなる夢を見たいと念じていたのでした。
受験の時期になると、よく空を飛んでいる夢を見ました。
その夢判断の本では「願い事がかなう」吉兆の夢でした。


今考えるとその夢は合格の予兆ではなく、「空を飛ぶ夢をみたい」という必死の願望が夢になったような気がするのですが。


<夢とは何か>


Wikipediaでは「夢とは何なのか?ということについては、古代からある信仰者の理解、現代の神経生理学者の理解がそれぞれ大きく異なっている」とあります。
まだ「夢とは何か」よくわからない分野なのでしょうね。


私が小学生で読んだ「夢判断」は「夢は神や悪魔払いといった超自然的存在からのお告げ」と言えそうですが、20代頃には深層心理学の夢判断の本を何冊か読んだ事があります。
「夢判断」に書かれているように、「一般的には夢とは潜在的な願望を充足させるものである。つまり夢は無意識による自己実現である」という解釈でした。


「神からのお告げ」の呪縛から、少し解放された気がしました。


今はそのWikipediaの「夢」に書かれている、「神経生理学的研究」の内容が一番すっきりと頭に入ってきます。

夢というのは主としてレム睡眠の時に出現するとされ、睡眠中は感覚遮断に近い状態でありながら、大脳皮質や(記憶に関係のがる)辺縁系の活動水準が覚醒時にほぼ近い水準にあるために、外的あるいは内的な刺激と関連する興奮によって脳の記憶貯蔵庫から過去の記憶映像が再生されつつ、記憶映像に合致する夢のストーリーをつくっていく、と考えられているという。


夢って本当に不思議ですね。




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