「教える」と「背中をみせる」

このあたりの記事から競泳ブログに様変わりしていますが、昨日の松田丈志選手の番組の続きです。


番組では、壁にぶつかっている全国ジュニアチャンピオンの15歳の中学生に、松田選手がアドバイスをするというものでした。


松田選手が自分のプールに来てくれるということを聞いた時の、パッと輝いた少年の表情に、見ている私までわくわくするような喜びが伝わってきました。
そうですよね。ジュニアスイマーにとっては、雲の上のような存在ですものね。


事前のインタビューで松田選手は、「技術的なことを伝えるつもりはない」「相手が課題に思っていることを聞かせて欲しい」と答えていました。
果たしてどんな教え方をされるのだろうと、興味深く観ました。


少年はスピードをあげるためにストローク数が多くなり、泳ぎの後半になって疲れて失速することをなんとかしたいと伝えていました。


少年の悩みの本質を、松田選手は的確に簡潔に表現して伝えました。
ストローク数を減らすと省エネになるけれども動きが緩慢になる。『省エネ』と『加速』の両方の能力を高めることで泳ぎのパフォーマンスをよくする」というものでした。


全国ジュニアチャンピオンになるくらいですから、毎日それなりの練習量と試行錯誤を繰り返していると思います。またたくさんの技術的なアドバイスももらっていることでしょう。
松田選手は相手の「もがき」をまず自分で表現させ、そのもがきの実態は何か的確に整理して伝えたところに、まず見事だと感心しました。


そのあと、実際にストローク数を減らした泳ぎを少年にしてもらい、松田選手も手本として泳いでみせていました。
自分は十分に「大きな泳ぎ方をしている」と思っていた少年は、松田選手のさらに大きな泳ぎを実際に観ることで自分の課題を見つけたように見えました。


競泳選手をめざしているこうした中学生は、おそらくテレビなどで国内外のトップスイマーの泳ぎを観てイメージトレーニングをしているのではないかと思います。
でもそのトップスイマーの泳ぎを実際に間近で観る機会は、多少ニュアンスが違いますが、「百聞は一見にしかず」という感じかもしれません。


少年の前で泳ぐ松田選手は速く泳いでいるのに、まるでマグロか鯨のように大きくゆったりと見えました。


そのあと、2回目のキックを短めにうつというバタフライに必要な「加速」のポイントを教えていました。
このキックを少し修正しただけで、見違えるほど少年の泳ぎは良くなりました。


松田選手のアドバイスは、「省エネと加速」「2回目のキックを短く」そしてあとは「ひとつひとつのパーツを意識しながらその日の(泳ぎの)感覚をみる」ぐらいでした。


そしてもがいている中学生に、感情的に巻き込まれて励ますというのではなく、淡々と必要なことを伝えています。
「日々の積み重ねと、実際のレースでのいい落としどころを自分で見つけていく」ことが大事だと。


<達人級の教え方>


私も仕事上でのアドバイスを求められることが多くあります。
相手が今何に悩んでいるか、何を伝えれば解決策になるかはだいたい見通せるのですが、つい自分の経験をたくさん伝えたいとあれこれしゃべりすぎてしまうことがあり、反省しています。


以前、達人看護師を紹介しました。

背後に豊富な経験を有しているため、状況を直感的に把握し、他の診断や解決方法があるのではないかと苦慮することなく、正確な方法に照準を合わせることができる。また達人看護師の特徴として、患者に傾倒すること(comnitment)、状況に巻き込まれること(involvement)があげられる。


番組の中学生は全国大会の出場経験があるくらいですから、「一人前」か「中堅」レベルぐらいでしょう。


松田選手は相手が今どの段階で何に悩んでいるかを的確に把握し、そして、おそらくこの中学生の10年後ぐらいまでを見据えて、次の段階に進むためのきっかけを作れるように無駄のない教え方だったと思います。
実践知に基づいて本質を見抜いた教え方というのでしょうか。


「教える」ということは、たくさんの知識で相手を変えることではなく、相手が自分で変化して行くために語りすぎないことも大事なのだと思いました。