行間を読む 47 <過ちに過ちを重ねる>

昨日の記事で紹介したニュースと対照的なニュースが、翌日の4月19日に報道されました。
韓国で「セウオル号事故遺族と警官衝突 90人拘束」というニュースです。


去年、韓国南部で起きた旅客船の沈没事故では、修学旅行中の高校生など295人が死亡、今も9人の行方がわかっていません。
18日、ソウルの中心部で犠牲者の遺族やその支持者ら1万人余りが大規模なデモを行い、船体の引き揚げを求めるとともに、真相究明が十分に行われていないとしてパク・クネ政権を批判しました。
その後大統領府に向かったでも隊に対し、およそ1万人の警官隊が警察車両やフェンスでバリケードを作ったうえで、放水や催涙スプレーなどで鎮圧しようとして激しく衝突しました。
警察によりますと、この衝突で公務執行妨害の疑いなどで遺族ら90人の身柄を拘束したということです。

衝突ではけが人も出ており、デモ隊には警察の対応を批判するとともに、パク大統領の退陣を求めるなど政権への批判を繰り返しました。
パク政権は、イ・ワング首相ら側近が金銭を受け取った疑惑が連日大きく報じられ、支持率が30%にまで下落するなど政権を揺るがす事態となっており、遺族らの批判が再び高まっていることで、さらなる痛手となっています。


「産後調理院の時代背景を考える」の<1997年とはどのような時代だったか>に書きましたが、韓国の現代史や状況は不勉強ですが、韓国がまだ軍事独裁政権だった時代からの知人が何人かいます。


日本語の堪能な彼らの、平和を求める祈りを何度も教会の中で聞きました。
独裁的な権力や国民への暴力的な弾圧への強い反発とともに、人が理解し合う次の時代への希望が感じられるものでした。


同じ時代に生きながら、過酷な日常生活を送っている人たちが隣りの国にいること、そしてそういう状況で生きながら理性的になれることに尊敬の念を持ってきました。


今回のこの船舶事故についても細かい経過はわかりませんが、たしかに多数の死者と行方不明者の出た重大事故ではあるのですが、昨日の記事のドイツの事故と比べても、どうしてここまで激しい感情のぶつかり合いになってしまったのかと最初は驚きました。


事故直後からのご遺族への感情に配慮した対応に足りない部分があったのかもしれませんし、「真相究明が不十分」は何を指しているのかこのニュースからだけではわかりません。
でももしかしたら、ニュース後半に「パク大統領の退陣も求めるなど政権の批判」「政権を揺るがす事故」とあるように、イデオロギーが持ち込まれてしまったことが、本来の再発防止策という希望への道をふさいでしまったのではないかと思いました。



リスクマネージメントという言葉が浸透するのはいつだろうか>


2011年の福島第一原子力発電所事故のあとから、私の知人たちとの人間関係が大きく変わってしまいました。


それまで国内外の社会の問題や人の気持ちにもとても関心が深くて、常に冷静に世の中を考えていたと思っていた方々が、原発の即刻廃止以外は認めないという強い主張をするようになりました。


ある知人からは「原子力発電所にはリスクマネージメントはなじまないものだ」と言われました。
そこまで固い気持ちがある場合は、その人に「リスクマネージメントとは何か」を説明しても納得させることは難しいと思い、言葉を飲み込みました。


リスクマネージメントはもともと、航空・鉄道・船舶などの運輸や発電所や大規模の製造工場などから始まったことは、医療従事者向けの研修で聞きました。


今は医療現場でリスクマネージメントを意識しない時はないぐらいですが、それでも本格的に医療安全対策が浸透し始めてたかだだか二十数年ですし、リスクという言葉自体が広がったのも30年ほどです。


社会全体にこのリスクマネージメントという言葉とそれが指す意味、それにそってどのように行動したらよいかということが広がるまでにはまだまだ時間が必要なのかもしれません。


感情やイデオロギーを一旦脇に置いて、事故そのものの分析をする。
そういう訓練が社会に行き届いたときに、感情や暴力的な衝突は少なくなるのではないかと思います。





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