帝王切開について考える 19 <「10年やってわからなかった怖さを20年やって知るのがお産」>

「10年やってわからなかった怖さを20年やって知るのがお産」
これを産科医の先生から学んだことは、こちらの記事に書きました。


「こんなことも起こるのか」と肝を冷やすことが、母胎にも胎児や新生児にも起こる。それが分娩というものだと、つくづく思うこのごろです。


ひとつには、経験が長くなるに連れて教科書の片隅にしか書かれていなかったような稀なことにも遭遇する確率があがることがあります。


もうひとつは、「それまで知らなかったから平気だった」と他の人の経験や失敗から学ぶことで、周産期医学の中で新たにわかったことが増えていくこともあります。


そしてそれは、経膣分娩だけでなく帝王切開にもまた言えることだと思います。


<離床時の血栓症のこわさ>


もうじき助産師になって30年になるのですが、私が助産師学生や新卒だった頃に帝王切開についてどのように感じていたのか思い出せないぐらい昔のことになってしまいました。


助産師になる前に外科病棟で手術後の患者さんの看護をしていたこともあって、もしかしたら今よりは緊張感は少なかったのかもしれません。
そして「帝王切開によってお母さんも赤ちゃんも安全にお産が終わる」という安堵の気持ちのほうが強かったのかもしれません。


1980年代の外科系看護では、手術後にはできるだけ早く離床を進めることが一般的でした。これはもちろん現在も同じなのですが、当時はその理由は「早く体を動かす事によって腸の癒着を防ぐ」ことの1点にあったと記憶しています。


帝王切開のお母さんたちにも、翌朝からは歩くように介助していました。


一緒に働いていたスタッフから、帝王切開のこの初回歩行でお母さんが突然亡くなったという経験を聞いて、「そんなこともあるのか」と驚いたのは1993年頃でした。
この頃から、術後の「静脈血栓塞栓症」について話題が増え始め、1990年代半ばには術後のフットマッサージ器装着や血栓予防の薬剤投与など現在の「肺静脈血栓/深部静脈血栓症予防ガイドライン」につながる対策が徐々に広がっていきました。


それだけの予防策をしていても、やはり帝王切開術後のお母さんに歩いてもらう時にはかなり緊張しています。


帝王切開の出血の怖さ>


正常に経過していたように見えていたお産が一変する怖さのひとつに、産科出血があることを「出産は母子二人の救命救急」で書きました。


「周産期医学」2014年5月号(東京医学社)の「特集 周産期における出血対策と輸血」の中で以下のように書かれています。

産科危機的出血は、発展途上国はもとより、先進国においても依然として妊産婦死亡の主要原因のひとつである。日本産婦人科学会によると、単胎経膣分娩における分娩時出血の90パーセンタイル値は800mlで、10人に1人はそれ以上に出血することに留意せねばならず、母体の生命にかかわるような分娩時多量出血は、妊産婦300人のうち約1人に起こる合併症であり、決して稀でない
「分娩時の出血を減らすための工夫」より(p.545)


基本的にローリスクの分娩を扱う診療所でも、経膣分娩の弛緩出血は日常的に遭遇します。


ところが私自身、帝王切開後の危機的な出血に遭遇するようになったのは、比較的最近になってからです。


「周産期医学」2010年10月号(東京医学社)の「特殊 帝王切開ー母体と新生児に与えるインパクト」に、「帝王切開術に伴う母体のリスク」という記事があります。その中に、術後出血についてこのように書かれています。

3. 術後出血(1%)未満


子宮収縮不全、弛緩出血、胎盤遺残、子宮創部縫合不全などにより術後大量出血のリスクがある。子宮創部への血腫形成や大量出血によるDIC発生リスクもあるため迅速な対応が必要になる。バイタルサインに注意し輸血血液の準備を行いながら、子宮動脈血栓術による止血や再回復しての縫合術、子宮全摘出術を行う時期を検討する。

私が初めて帝王切開術後の弛緩出血に遭遇したのは、経験10年目ぐらいだったと思います。
術後の観察や管理もそれなりに慣れて来た頃でした。


手術後2時間目ぐらいの全身の観察のために訪室したのですが、一見、悪露(出血)の量は少なく子宮硬度も良かったしバイタルサインも問題ないのですが、なんとなく出血の色が薄いのが気になってナプキンで少し肛門のほうから膣に向けて圧迫したところ、血の塊がドバドバと出てきたのです。500g以上はありました。


「手術後にこんな弛緩出血もあるのか」と思った経験から、その後はさらに慎重に観察をするようになりました。


そして20年目の頃に、勤務先でやはり術後2時間ぐらいで1500mlぐらいの弛緩出血というケースがありました。また、術後の縫合不全で腹腔内に出血したケースもありました。
友人の助産師に話をしたら、「うちでは8000mlの弛緩出血があった」とのこと。


帝王切開術後の産科出血の怖さを感じたのでした。


「10年やってわからなかった怖さを20年たって知るのがお産」という一言がまさにそうだと感じるこの頃です。


そして今は、「帝王切開で無事にお母さんと赤ちゃんが退院できたらそれは奇跡の積み重ね」という気持ちに変わっています。