帝王切開について考える 28 <「わが国における帝王切開分娩の最近の動向」より>

「周産期医学」2010年10月号(東京医学社)の「特集 帝王切開ー母体と新生児に与えるインパクト」の初めに、「我が国における帝王切開分娩の最近の動向」という記事があります。


その「全国の帝王切開率の動向」には以下のように書かれています。

 帝王切開率は地域や施設間差を有し、総合周産期センターや新生児集中治療室の開設に伴う母体搬送の増加により、早産率と連動して上昇する。母子衛生研究会の調査では、日本の帝王切開率は1984年の病院8.2%、診療所6.1%、全体7.3%が、2008年の各23.3%、12.9%、18.4%に、すべて2倍以上の増加を示した。また、2007年の日本産婦人科学会の調査では、高次施設の帝切率は34.3%と高率であった。この連続的な帝王切開率の上昇の原因を完全に解明するのは困難だが、多様な要因が相互に関連していると推察される。 (p.1442)


病院だと4人に一人が帝王切開になっているかのように読めるかもしれませんが、私が2000年代半ばまで勤務していた総合病院ではここまでは上昇していなくて、10%前後だったと記憶しています。NICUのない二次施設レベルであったからかもしれませんし、周産期センターのようにハイリスクが集中する施設とは同じ「病院」という統計では説明しきれないかもしれません。


その後から現在まで勤務している診療所では、月に1〜2件という時もあれば月に数件の帝王切開があるようにばらつきはありますが、おおよそ8〜10%程度の帝王切開率です。


このあたり、施設によっても帝王切開率は大きく異なるのかもしれませんが、確かに増加はしているとは思います。



帝王切開率の上昇の原因>


帝王切開率の上昇の原因」として以下の14項目があげられています。

1. 分娩回数の減少と初産妊婦の増加
2. 母体年齢の上昇と高齢初産の増加
3. Cardiotocographyの出現と浸透
4. 骨盤位に対する帝王切開率の上昇
5. 吸引・鉗子分娩(急速遂娩)率の低下
6. やせ妊婦の増加と胎児発育不全の増加
7. 分娩誘発率の上昇
8. 不妊治療の普及と多胎妊娠の増加
9. 若年女性の喫煙
10. 帝王切開の適応である性感染症の罹患
11. 既往帝王切開の増加と試験分娩の減少
12. 社会的適応(患者希望)の増加
13. Late preterm 児への医原性早産の増加
14. 医療事故や医療過誤に対する訴訟の増加


Cardiotocographyは「胎児生存を客観的に確認する方法」の記事あたりから紹介した分娩監視装置(CTG)のことです。
たしかに実際にはCTGを判読するのは難しく、心音が落ちると「早めに帝王切開に」という判断になることもあります。


Late preterm児というのは妊娠34週以上37週未満の早産児です。
切迫早産などから分娩になりそうになった場合は基本的には経膣分娩ですが、正期産の児に比べて分娩に耐えられずに帝王切開に切り替える場合も多いということです。


この「動向」は2008年までの統計ですが、翌年2009年から始まった産科医療補償制度によって、さらに「吸引・鉗子分娩(急速遂娩)率の低下」や「医療事故や医療過誤に対する訴訟の増加」に対応した帝王切開率が上昇しているかもしれません。


<この「動向」を読んでのあれこれ>


私自身は月の分娩件数が30〜40件程度の総合病院と診療所の勤務経験なので、こうして全国の動向を読んで初めて、「ああ、こんなに帝王切開が増えているのか」という実感です。


上記の14項目の中で、診療所のような一次施設では「骨盤位に対する帝王切開率の上昇」と「既往帝王切開の増加と試験分娩の減少」は大きく影響があります。


2000年代初めの頃までは骨盤位も経膣分娩を行っていましたし、前回帝王切開だった方の経膣分娩もすることがありました。
わずか10年ほどですが、この2つの変化は一次施設あるいは二次施設での帝王切開率の上昇に影響をあたえていることでしょう。
骨盤位の経膣分娩介助を経験したことがない世代に、周産期医療スタッフも変化しています。


「やせ妊婦の増加」「若年女性の喫煙率」については、読んでくださっている方も気になるのではないかと思います。
それぞれ以下のように説明されています。

妊娠前のやせは早産や低出生体重児の危険因子であり、やせ妊婦が過度に体重を増加させた場合にPIHや帝切が増加する。

PIHは妊娠高血圧症候群です。

喫煙は血管成長や分化を途絶させて胎盤維持や胎児発育に影響し、生殖異常や母体・胎児合併症を増加させる。

もちろん、本人だけでなく受動喫煙も影響があります。


やせている妊婦さんが分娩間近になっていきなり血圧が上がり始めたり、あるいは低出生体重児が増えている印象はありますが、自分自身が対応する月30〜40件程度の分母では、このやせや喫煙が帝王切開率をあげているというほどの実感ではありませんでした。
やはり全国という分母を広げた統計でみると、あらためて影響があることがわかります。


帝王切開の適応である性感染症」というのは外陰ヘルペスですが、診療所に勤務してからも2〜3年に一度ぐらいあります。
分娩の直前に再発すると、児への感染を防ぐために緊急帝王切開になることもあります。無事に再発しなければ経膣分娩なのですが、入院時に見逃さないようにしなければならないので少し緊張します。


性器ヘルペスのようなウイルス疾患が徐々に明らかにされたのも1970年代以降なので、それまではどうしていたのだろうと思います。


この「周産期医学」の記事の統計も1984年からなのですが、それ以前の日本の帝王切開率はどうだったのでしょうか。
特に1961年に国民皆保険が始まる前と後の産科施設の変化」に伴う帝王切開率を知りたいのですが、なかなかそういう資料は目にしませんね。


そろそろ、ここ半世紀ぐらいの帝王切開に関する歴史やケアを網羅した専門書が出ることを熱望しています。






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