帝王切開で生まれる 7 <早産児と正期産児の葛藤と矛盾>

前回の記事に引き続き、「周産期医学 特集 帝王切開ー母体と新生児に与えるインパクト」(2010年10月号、東京医学社)の「帝王切開と新生児の腸内細菌叢」を紹介しながら考えてみようと思います。


<「腸内細菌叢の新生児期の役割」>


前回の記事で紹介した「腸内細菌叢」「腸内細菌叢の形成」に続いて、以下のように書かれています。

 腸内細菌叢は新生児の発育によい影響を及ぼす。KitajimaらはBifidobactreym braveを早産児に投与し腸内細菌叢をビフィズス菌優勢にすると早産児の嘔吐回数や胃内ガス吸引量が減少し、哺乳量や摂取カロリー量および体重増加量に差を認めたことを報告している。

 また腸内細菌叢は細菌感染症を予防する。Bifidobactreum braveを投与することで、腸炎や腸管原性の敗血症などの感染症が抑制される。腸内細菌性細菌であっても、経膣分娩で出生しその後も終日母親と母子同室で過ごし母乳栄養で育てられた新生児には、母親と同一株の腸内細菌科細菌(大腸菌)が定着する。母親由来での大腸菌は新生児に定着しても病原性が低く、母親から抗体が移行しており新生児に尿路感染症を発症しない
(強調は引用者による)

最後の強調した部分を読むと、「そうか。新生児の腸内細菌叢はとても大事で、やはり早くから母子同室にしなければ」という印象が残りやすいのではないかと思います。


その部分を否定できるほどの知識は私にはないのですが、読んでいて「あれ?」と思ったのが、前半は「早産児」の話なのに、後半は「誰に投与した」のかも明確でないまま、腸炎などの感染症の抑制について書かれています。


通常、新生児の腸炎といえば早産児の壊死性腸炎だと思うので、この文脈は早産児について語られているのではないかと思います。


ところが、早産児には到底無理な「終日母親と母子同室で過ごし母乳栄養で育てられた新生児には、母親と同一株の腸内細菌科細菌が定着する」と、正期産で元気に生まれた赤ちゃんについて書かれた文章がつなげられています。



もし母親由来の大腸菌などが新生児によい結果をもたらすとしても、「常にお母さんと一緒にいることが可能な正期産の赤ちゃんには可能」で同室や母乳を勧めることはできても、「本当にそれを必要としている(壊死性腸炎を予防する必要がある)早期産の赤ちゃんには不可能なこと(終日同室、母乳のみ)」という大きな矛盾と葛藤がそこには生まれてしまうことになります。


この背景には、早産児へのプロバイオテイクス療法の研究が影響を与えているのかもしれません。



<早産児に対するプロバイオテイクス療法>


こちらの記事で紹介した論文は、同じ2010年に出版された「小児内科 特集 母乳育児のすべて」から引用したものですが、この論文には以下のように書かれています。

 腸内細菌叢をはじめとした常在細菌叢の乱れを改善させることにより、疾患の予防、治療に役立てようとするプロバイオテイクス療法やプレバイオテイクス療法、さらにはこの両者を組み合わせたシンバイオテイクス療法の研究なども近年さかんに報告されている。


この論文に「病的新生児の腸内細菌叢の形成が阻害される要因」として以下のことがあげられています。

帝王切開、長期にわたる前期破水、出生直後よりの母子分離、多数の医療関係者の接触、胃カテーテルその他の医療機器の挿入、人工乳栄養、経腸栄養確率の遅延、抗生物質の多用

このリストを見ると「多数の医療関係者の接触」あたりまでを読んで、通常の分娩施設のことを想定してしまいそうになりますが、大事なのは後半部分が必要になる早産児のことではないかと思います。


プロバイオテイクス療法も早産児を対象にした療法です。


新生児の腸内細菌叢についての研究が進んで、いろいろなことがわかったことは本当にすごいと思いますが、早産児と正期産児の違いは是々非々で切り分けて考える必要があるように思います。


帝王切開直後からの早期母子接触、完全母児同室、完全母乳あたりの流れは、この早産児と正期産児によいこととできることの矛盾と葛藤が、きちんときりわけられていないままに勧められてしまったように感じます。