境界線のあれこれ 62 <先天性と後天性>

看護師の実践を数年経てから助産師学校で学んだ時に、それまでの仕事との大きな違いを感じることに「先天性」という言葉がありました。


看護師として勤務していたのは主に外科でしたから、成人の疾患や事故による手術と治療、あるいはそれによる障害やリハビリといったものがほとんどで、先天性の疾患についてはあまり考える機会がありませんでした。



先天性あるいは先天的にとは何か。
卵子精子の受精、そして胎児から新生児になる間のどこかでおきる「偶然」によってなんらかの疾患や障害がおこる。


胎内というのはまだまだ未知の世界だけに、異常を感じたら見逃してはいけないようなそんな気持ちになったのでした。
1970年代ではまだ小児科の先生方にしても「胎児ってのはほとんどブラックボックス」だったのですからね。


<「先天性」とは何か>


「周産期医学必修知識 第7版」(東京医学社、2011年)の目次を見ると、染色体異常、先天性横隔膜ヘルニア、先天性甲状腺機能低下症、先天性副腎過形成症、先天性アミノ酸代謝異常、先天性脂質代謝異常、尿道下裂、尿路系の先天異常、手足の先天異常、唇裂・口蓋裂などたくさんの項目があります。


妊婦健診中にエコーでわかるものもあれば、出生時に気づくこともあります。
あるいは一見元気に生まれて何も異常がなかったように思われた新生児が、生後数日目に行われる先天性代謝異常検査で異常がわかり、治療が始まることもあります。
あるいは、ここ十数年ほどで一般的になった新生児聴覚スクリーニング検査も、先天的な聴覚異常を調べています。



「周産期医学必修知識 第7版」の「先天異常ー総説」では、先天異常についての概念・定義として以下のように説明されています。

 先天異常(birth defect)とは、出生時、あるいは生後しばらくしてから認められる疾患や病態を指し、出生前の原因による機能・形態異常である。一般的には先天奇形(congenital malformation)と同義に扱われることも多い。先天異常の中には染色体異常、先天代謝異常、遺伝性神経筋疾患、内分泌疾患、血液疾患などの種々の疾患のほかに口唇口蓋裂、先天性心疾患などの先天奇形も含まれる。

その成因については以下のように書かれています。

先天異常の成因は、1.遺伝学的要因、2.環境要因、3.多因子要因、4.不明に分類される。このうち遺伝学的要因は10~30%、環境要因は3~10%、多因子要因は20~35%を占め、残りの約半数は原因不明と考えている。


ちなみに、1980年代終わりの助産学生時代に使ったテキスト「最新産科学ー異常編ー」(文光堂)の「主な先天(性)異常」には、染色体異常、先天(性)代謝異常、水頭症、兎唇・狼咽(口蓋破裂)、脊椎破裂しか書かれていません。


わずか30年ほどで胎児・新生児に関する医学が急激に進歩したことがわかります。


それにしても「兎唇・狼咽」という用語がまだ医学用語としても使われていたのですね。



<先天性と後天性のあいまいなもの>


さて、上記のような先天性疾患を持つ赤ちゃんにもたまに出会いますが、私にとって出生前後の「障害」を思い起こさせるような異常というと脳性麻痺で、分娩時の管理として常に意識させられるものです。


学生時代のそのテキストには、新生児仮死の管理の箇所で以下のように書かれています。

仮死から回復まで長引くものは蘇生後の障害として、無酸素性障害、大量吸引症候群、頭蓋内出血、気胸、肺炎があり、また後遺症としては脳性麻痺、微細脳損傷などである。


分娩途中で新生児仮死をおこさせない、つまり胎児に負担をかけすぎないタイミングで娩出させることで、脳性麻痺の予防に努める。


先天的に異常がなかった胎児が一生涯の障害を負うのが分娩時であることに、脳性麻痺という言葉と共に常にその責任の重さを感じています。


ただ、最近は脳性麻痺の原因についても以前のように分娩時の管理だけではないという方向になりつつあります。
「周産期医学必修知識 第7版」の「分娩時胎児アスフィキシアと脳性麻痺の因果関係の判定基準」の中にも以下のように書かれています。

 脳性麻痺の原因として分娩時の合併症の関与は以前から考えられていたほど大きくないことが明らかになってきた。

胎内にいる時にすでに低酸素にさらされたとか、脳に非可逆性の損傷を受けるようなことがあったなど、いろいろな原因がわかってきたようです。


ただ、やはり分娩時にできる限り胎児や新生児にストレスをかけないように管理することは大事ですし、せっかく元気に生まれて来た赤ちゃんも感染対策が不十分であったり、必要な予防対策を実施しなければ、死や障害へと簡単にその生命をさらすことになります。


あるいはミルクをできるだけ足さないことが良いとされすぎると、生理的体重減少と生理的黄疸の対応を見誤る可能性があります。


そして、愛着とか母性を強調されて蘇生術が必要になるようなケアが広がれば、先天的には問題のなかった赤ちゃんに生命の危険がひとつ増えることにもなります。


妊娠中から出生前後の赤ちゃんに関わっていると、「障害」に関しては、どこからどこまでが先天的か後天的なのかはっきりと線引きできることは少ないなと感じています。





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