アドバンス助産師とは 6  <「分娩介助例数100例」の持つ意味>

私が「分娩介助例数100例」に達したのはいつだったのだろう、その頃の私はどんな感じだったのだろうと思い返していますが、なんだかはるか昔のことであいまいです。


たぶん、助産師資格取得後3〜4年目ぐらいだったと思います。
比較的早く経験できた方ではないかと思いますが、他の助産師がどれくらいで100例にいたっているのかという全体像はよくわかりません。


私は看護師として働いた後に助産師になったのですが、早く途上国の母子保健に関わりたいという思いが当時はあったので、大学病院のような大きな病院には就職せずに、200床規模の総合病院の産婦人科を選びました。


大きな病院では確かに新卒の研修もしっかりしているかもしれませんが、助産師数が多いので、分娩室にローテーションしなければ分娩介助ができないデメリットもあります。



私は看護技術や救急、あるいは合併症に対する知識や実践経験がすでにあったので、どちらかというと「早く自分ひとりで分娩進行の判断ができるようになりたい」と、あえて飛び込んだところがあります。


まあ、飛び込まれた病院側が「助産師としては新卒」の私を受け入れることがどんなに大変だったか、自分が新卒や中途入職者を受け入れる側になってわかりましたが。



<100例の介助経験までに時間がかかる時代>



この「分娩介助数」というのは、直接分娩介助、つまり「児(あるいは胎盤)娩出まで自分で実施」することで、いわゆる「赤ちゃんを取り上げる」ことを指します。


直接分娩介助の外回り(ベビー受け)は含まれないことが、助産師の中では暗黙の了解のようなものがあるのではないかと思います。


あるいは、「何を『主導』したいのか」に書いたように、その当時はまだ私自身が、自分で児娩出までしたお産だけを「分娩介助」としていましたから、吸引分娩や帝王切開についての記録は残していませんでした。


今では、児娩出だけでなく、すべての経験に意味があると思えるようになりました。
特に異常分娩や緊急への対応は、厳密には「診療(医師)の介助」になりますが、それなくしては助産師としての経験は深まらないと思っています。


アドバンス助産師の申請書類の詳細は知らないのですが、「分娩介助数100例」はそれぞれの助産師にそれぞれの思いがあるだろうなと、「アドバンス助産師」という言葉を見聞きするたびに想像しています。


今まで、勤務場所では「○○さんは分娩介助経験が何例ある」といった話はあからさまにはしないのが相手への配慮のようなところがあると、私自身は感じていました。


おおよその経験年数とその人の動き方や判断力、あるいは人柄のようなものの方が大事ではないかと思うからです。


大学病院から産科診療所で働くようになったスタッフの多くが、大学病院で数年以上働いていても分娩介助数が数十件しかなく、「ここで働くようになって、たった1年で大学病院の数年分の分娩介助経験ができた」と言われて驚きました。


でもそうですよね。どんどん新卒が入ってくるし、NICUや病棟などに一旦配属されれば、分娩介助からは遠ざかってしまいますから。


今、「100例」という具体的目標が強調されて、そうとう焦っている若い人たちがいるのではないかと心配ですね。


100例の分娩介助経験までいっていないけれど、安心して業務を任せられる数年目の助産師が巷にはたくさん働いているのですけれど。


「アドバンス助産師」の名前だけが先走って、お母さんたちから「アドバンス助産師でない助産師には介助されたくない」という要望が来ないように祈っています。





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