観察する 9 <荒乳というとらえ方と生理的体重減少>

出生後の赤ちゃんというのは、生後2〜3日目にかけて体重が減っていきます。
出生当日からミルクを補足している施設で生まれた赤ちゃんも、ミルクを飲んですぐに体重が増えるわけではなく、必ずこの体重減少期があります。


中にはほとんど減らない赤ちゃんもいるのですが、個人差の幅が広くで、多いと10%前後まで減少してこちらをハラハラドキドキさせます。


たとえば3000gぐらいで出生した赤ちゃんが、生後3日目には2700g台にまで減ってしまうのです。


大人でいえば、60kgの人が一気に54kgぐらいまで減るぐらいの割合ですから、フラフラしそうですね。
きっとげっそりとして、人相まで変わってしまうことでしょう。


こちらの記事で紹介したインドのある地域の、「初乳に関してはにがくて消化されないと皆信じているので、捨てる習わしになっている」という風習も、もしかしたら出生直後に体重が減ってやせていく新生児を観察した結果だったのではないかと想像しました。


「初乳を飲ませている間は、体重が増えない」
「初乳をなめてみるとにがかったり、しょっぱかったりする」
「初乳から成乳に変わる1週間目頃から、新生児も元気がでて重たくなってくるようだ」
だから、「新生児に初乳は飲ませないほうがよいのかもしれない」。



たしかに初乳から移行乳、そして成乳という母乳の性状の変化と新生児の体重減少期から増加期への変化は同じ時期に起こるのですが、現在なら相関関係はあるけれど因果関係はないし、むしろ初乳が害になることはないと私たちは知識としてすでに知っています。



でもそういう知識を得たのはわずか半世紀ほどで、それまでは出生直後から変なうんち(胎便)を出し、体重が増えるどころか痩せていく赤ちゃん、そしてしょっぱいような苦いような初乳しか出てこないことに、「この子は生き延びていけるのだろうか」と周囲の大人をおおいに不安にさせたに違いありません。



出生後2〜3日から数日ぐらいの間に、いつの間にか冷たくなっていた新生児がたくさんいたのではないかと思います。


暖房や冷房がない時代には、室温だけでも容易に新生児を死に至らしめていたことでしょう。
無事に生まれたと安堵したのもつかの間、大量の吐血や下血で突然亡くなることもあったことでしょう。
哺乳瓶や粉ミルクもない時代には、出生後のなかなかおっぱいを吸おうとしない時期に水分や栄養を補給しなければ、脱水に陥ったり痙攣をおこした赤ちゃんもたくさんいたことでしょう。


新生児の周りには、わけのわからない魔物がいつでもいて新生児の命を奪っていく。
だから、夜通し眠らないで新生児を見守るためのヨトギという風習ができたのも、この新生児の変化を観察していたからではないでしょうか。


もしかしたら「初乳を飲ませなければ」、この時期をうまく乗り切れるかもしれない。
もしかしたら「胎便を早く出させれば」、この時期をうまく乗り切れるかもしれない。


そして、出生直後には赤ちゃんの体重が多少減っても、「赤ちゃんはお母さんから3日分のお弁当と水筒を持っているから大丈夫」という言葉が生まれたのも、やはりこの時期を乗り越えるための観察に基づく智恵だったのではないかと想像しています。


初乳を荒乳として捨てていた。
それは観察と仮説の積み重ねによるものだったのだろうと思います。






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