「助産師教育ニュースレター」のまとめ

私が助産師学生だった1980年代終わりごろは、1990年に神戸で開催される第22回ICM(国際助産師連盟)大会を目前にしていて、この業界ではどことなく昂揚感があったことを学生ながら感じていました。


助産婦の挑戦」(シーラ・キッチンガー著、1990年、日本看護協会出版会)が出版されるなど、助産婦(当時の名称)として強いプライドを持つことに、いつの間にか巻き込まれた感じとでもいうのでしょうか。
今でも助産師がよく使う、「助産師としてのアイデンティティ」という漠然とした言葉とともに。


教科書にはお産は母子二人の救命救急という本質的なことが書かれていたのに、恩師からは異常を知らなければ正常もわからないという大事なことを教わっていたのに、いつのまにか「正常なお産は助産師だけで大丈夫」という気持ちが強くなっていったのが、卒後数年ごろでした。


お産は怖いよと暗に戒めてくださった大先輩がたを、何の信念もないただ雇われているだけの助産師とちょっと心の中で見下していました。
雑誌には、もっといきいきとお産を語る助産師が紹介されていましたからね。


1980年代よりもさらに最近は、「院内助産」「アドバンス助産師」あるいは「完全母乳」や「母子同室」を教育の中で教わり、強い影響を受けた世代が30代前後のスタッフとして働いているので、「いつか来た道」と思いながらこうした世代を見守っています。


きっと、「そこまでこだわらなくても」ということがようやくわかった私のような存在は、ただ雇われているだけで確たる考えもない熱意もない助産師にみえていることでしょう。


学生時代になにをどう学んだか。そしてその時代の雰囲気はおよそ10年ほどたった頃、社会へじわじわと影響を与えているのではないかと、この全国助産師教育協議会のニュースレターを読んで思います。


やはり「学校はまず知識と技術を教える場なのに、その前に哲学や思想を教え込もうとするからおかしくなります。」のひと言に尽きるのではないでしょうか。


教育を運動(movement)の場にしてはいけないと思いますね。


1. 助産師を教育する人たちのニュースレター
2. 助産師の業務拡大とは
3. 世界に追いつけ
4. 全国助産師協議会とは
5. 世界の動向をどのように伝えるか
6. どのような助産師を育てたいのか
7. ああ、びっくり!