水のあれこれ 43 <「人は目印がなければまっすぐ泳げない」>

今日のタイトル、自明のことのようで「いや、練習を積めば可能なのではないか」という思いで揺れそうです。



チャレンジドの連載記事の第三回「まっすぐ泳げない」で、野口智博氏が実験をされたことが書かれています。


最初に木村敬一選手の泳ぎを見た時に感じた違和感は、「できるだけまっすぐ泳ごうとしてコースロープに触れて、位置を確認しながら泳いでいるからだった」というものだったそうです。
まっすぐに泳げれば、もっと記録ものばせるはず。

全盲選手が着用する真っ黒く塗りつぶされたブラインドゴーグルは、光すら入らず、晴眼者が着用すると目を開けているのか、閉じているのかも分からなくなるほどだ。野口たちはこのゴーグルを着けて泳いだ。野口も学生も、まっすぐ泳ぐことはまったくできなかった。実験はすぐに行き詰まった。


そこで、「そもそも人は目が見えてもまっすぐに泳ぐことができるのだろうか」と仮説を立て直して次の実験を行います。

コースロープやプール底のラインなど、目印がない状態で晴眼者の学生たちがまっすぐ泳げるかを試した。結果、見えていても、目印が何もなければまっすぐ泳ぐことはできなかった。


「人は目印がなければまっすぐ泳げない」

その結論を裏付けたのは、先行研究の「人間は行動の8割を視覚で制御している」だった。

左右の腕のかきの力に少しの差があり、呼吸で左右に体が揺れたり、誰が泳いでも生じるズレを、見ているスイマーは視覚で察知し、自然と補正しているのだった。そしてどの程度のスピードで泳いでいるかを感じるのも視覚だった。


なるほど、泳いでいる時に感じていたことが、ここまで言語化されていたのですね。



<何を見ているか>


初心者と思われる人たちの泳ぎをみていると、プールの底の線がとても重要なのだろうとわかります。
通常、コースの真ん中にその線があるのですが、その線の真上を泳いでいます。


ところが公共のプールでは、1コース内を2列で使用しますから、真ん中ではなくコースロープ寄りに泳がなければ、他の人の泳ぎを邪魔してしまいます。
泳ぎ慣れてくると、どちらかというとコースロープと自分の位置関係を感じながら泳ぐようになるので、時々プールの底の線を確認するぐらいなのかもしれません。


私の好きな背泳ぎになるとプールの底の線は見えませんが、天井の線がその代わりになります。
ほとんどのプールが、天井にはプールと平行した線になる構造物や模様があるので、それを目印にしながら泳ぎ、そしてプールの端が近づく前のフラッグが大事な目印になっています。


ところが、時に、天井になにも模様がないプールがあります。
公共のプールで、あまり本格的に背泳ぎをする人を想定していなかったのかもしれませんが、そのプールに行き始めた最初の頃は、しょっちゅうコースロープに手をぶつけていました。
私だけかもしれませんが、背泳ぎの場合、あまりコースロープは視界に入らないので、天井に模様がないプールでは、プール周囲の情景や監視員さんの位置などで、まっすぐコース内を泳いでいるかどれくらいのスピードなのかを確認しています。
久しぶりにそういうプールで泳ぐと、途端にペースが狂うのですが。


確かに、「人間の行動は8割を視覚で制御している」のかもしれません。
ゴーグルに水が入っただけでも相当動揺しますしね。


この記事を読んで、「だからシンクロの演技も競泳用プールで行うのか」と理解しました。
あの美しい演技に、プールの底の線はちょっと無粋だなと思っていました。


それにしても、全盲選手が真っ黒く塗りつぶされたゴーグルを使っていること、ブラインドゴーグルということを初めて知りました。


オリンピック、パラリンピックの垣根をなくして、全員がこのブラインドゴーグルで泳ぐ競技が次世代の競技になるかもしれないと妄想したのでした。




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