カンガルーケアを考える 13 <鵺(ぬえ)のような雰囲気にあらがう難しさ>

4年ほど前に、自分のクリニックで今後どうするかを書いた当時は、じきに正期産児へのカンガルーケアでのヒヤリハット報告が増えて自粛の方向になるだろうと思っていました。
ですから、たとえお母さんたちからしてみたいと希望されても、危険性を説明して断りやすくなるだろうと。


ところが最近、「出産直後にカンガルーケアをしてみたいです」という方がぼちぼち増えてきて、正直なところ当惑しています。
やはりこういう流行というのは、助産師学生への教育の影響と同じく、社会に広がるまでに数年から10年ぐらいのタイムラグがあるのかもしれませんね。


それと、小規模な産科診療所では常勤スタッフが少なくて、いろいろな勤務経験のパートやアルバイトのスタッフが多いため、「他ではこんな良いことをしているのに」といつの間にか広がりやすいところがあります。


「こちらからは積極的にカンガルーケアを薦めない」というそれまでのスタンスが、一気にくずれてしまうのです。


先日も、部屋を薄暗くしてカンガルーケアをしていました。
担当した助産師にお母さんが希望されたのか確認したところ、そうではなくその助産師がよいと思って実施したようです。
「いろいろな考え方があると思いますが、一応、当院ではこちらからは薦めないこと、したいと思ったお母さんにはリスクの説明もして、側を離れないようにして短時間実施ということにしているので」「赤ちゃんの全身色がわからないので、薄暗くしないでね」と、やんわりと伝えましたが。


また、別のアルバイトの助産師が、カンガルーケアをしているお母さんの側を離れて別室で記録をしていました。
気になって見に行くと、赤ちゃんを胸の上にのせてタオルをかけ、分娩衣のボタンで固定してありました。
これがその助産師の勤務先の「転落防止策」なのかもしれません。


たしかにお母さんの腕だけで新生児を支えるよりは転落防止にはなるかもしれませんが、「これで大丈夫」はないのがリスクマネージメントの鉄則ではないかと思います。
ボタンで固定された中で、新生児が動いて呼吸がしづらい体勢のまま、お母さんが元に戻しにくくなるかもしれないし、ボタンで固定された分娩衣の襟元で新生児の首が絞まる可能性だってあります。
リスクや事故というのは、想像を越えた状況で起こるわけですから。


その助産師には、「他の仕事は気にしなくていいから、カンガルーケア中は側についてあげてね」とやんわりと注意しました。


当院ではガイドラインにあるようにサチュレーションモニターを使っていますが、ある日、そのアラームが鳴りました。
分娩の片付けと胎盤計測のために担当助産師が側を離れて数分のことでした。
「びっくりした。すぐに戻ったら、サチュレーションが60台まで落ちていて少し白っぽくなっていた」と、すぐにインファントウオーマーに乗せて気道確保と保温をしたようです。


出生直後に呼吸状態が安定しない新生児は時々いますが、90台を切ると私たちはかなり緊張します。80台でなかなか回復しないと周産期センターへの新生児搬送を考慮し始めます。


元気に生まれた新生児のサチュレーションが60台になるということが、新生児にどのような苦痛や影響を与えているのかよくわかりません。
一過性ではあったのですが、カンガルーケアさえしなければ、呼吸が安定していた新生児のサチュレーションがそこまでさがるはずはなかったわけです。


「お母さんが希望されてカンガルーケアをする場合、片付けとか他の業務は気にしなくていいから側を離れない方がいいよね」と話しました。
もちろん他のスタッフも走り回っている状態ですから、その業務は他のスタッフへの大きな負担になるわけですが。


現在勤務している施設で、カンガルーケアに否定的なのは60代のスタッフと私ぐらいです。
もう一人の助産師は、わずか10分程のカンガルーケアで低体温になってしまった経験があるそうです。それも彼女はもとから積極的にカンガルーケアを受け止めていたわけではなかったそうですが、他のスタッフがいつのまにかやってしまったようです。


「何で、みんな怖いと感じないのでしょうね」と、いつも二人で不思議に思っていますが、なかなかその意識が伝わらないのです。


カンガルケアーで低酸素脳症になった赤ちゃんのことが報道されても、現場の意識はなかなか変わりません。
自分たちがしていることはお母さんと赤ちゃんにとって良いことという強い思い込みにはリスクマネージメントという言葉は無力ですね。


まさか自分が怖いケースに当たるともおもわない、当たってもそれは自分の責任ではないと失敗を次にいかす機会を逃してしまう。


カンガルーケアの広がりは鵺のようですね。


赤ちゃんや子どもの事故の情報を社会で共有するためには、どうしたらよいのでしょうか?



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