越えられる存在になり、引き継ぐ

ここ数日、私の心にはぽっかりと穴が空いた気分です。
とうとうこの時が来たのだなと。
でも、本当に松田丈志選手はさすがですばらしい集大成でした。


今年の日本選手権でメダルを取り続けて来た200mバタフライで4位になり、バタフライでのオリンピック4回出場の道が閉ざされました。
ああ、どんな想いで気持ちを切り替えたのでしょうか。
200m自由形で800mフリーリレーのメンバーとなり、「競泳界の"鬼門"自由形リレーで銅」(Number Web)をとったのでした。


そして先日の国体では、400m自由形で出場。
久しぶりに、松田丈志選手の400m自由形の泳ぎを見ることができました。



私が初めて日本選手権を観に行ったのは2004年2月の短水路だったのではないかと思います。
もう記憶が曖昧になっていますが。
その時、松田丈志選手は中京大学に入学したばかりの頃でしたが、国内の自由形中長距離の試合ではもう独壇場という強さでした。


400mや800m自由形では、2位以下の選手に体ひとつやふたつ分の差をつけて優勝する期間が続きました。
1500mでも、まだ国内では安定した強さがありました。
その後、200mバタフライでも国内ではなかなか松田選手を超える選手がでてこないほど強くなりました。


その松田選手の背中を小学生頃から追い続けてきた選手が、追いつき、そして追い越す時期が来ました。
そんな選手たちと勝負をしながらも、勝ち負けだけではなく、レースの仕方を体で教えているように見えた試合が増えてきました。



今年の競泳の国体の放送は、2日目の分だけでしたが、その最後に1日目に行われた400m自由形の録画を放送してくれました。
そして、松田丈志選手のインタビューも。


レース中は、「『冷静にならないと』という気持ちや『これが最後か』という感情などいろいろな感情があった」とのことですが、松田丈志選手の最後のレースにふさわしい空中を飛んでいるような抵抗の少ない、美しい泳ぎでした。


彼の背中を見続けてきた、特に自由形の選手にバトンを渡した。
そんな引退試合に見えました。