落花生

落花生という言葉だけで、また何日分かの日記が書けそうなぐらい、回想を刺激する植物です。


子どもの頃から、落花生は比較的身近なナッツでした。
といってもちょっと高価で、お正月などに殻付きの落花生を食べるのが贅沢な感覚がありました。


カシューナッツとかマカデミアナッツといった様々な木の実はもっと珍しく、1960年代後半から70年代にかけてのナッツといえばピーナッツとくるみ、そして輸入が急増したのかその頃からよく食べるようになったアーモンドぐらいでした。


ところで、ナッツというと「木の実」と頭の中では転換されるのですが、Wikipediaを読むと「種実類」の説明に、「種実類のうち、木の実は一般には『ナッツ』と呼ばれる」という説明とともに、「厳密にはナッツに属さない豆類にも、ピーナッツなどいくつかナッツとして扱われる種類が存在する」と書かれています。


子どもの頃は、ピーナッツというのは大きな「豆の木」になっているのだと思っていました。
綿の木の誤解と同じように、カラカラに乾燥した落花生が木にたわわに実っている様子を妄想していたのですが、いつ頃だったか、マメ科でそれほど大きくもない一年草であることを知って、驚いたのでした。
しかも、イメージしていたエンドウ豆とか大豆のような実のなり方ではないことは、子どもごころになにがなんだかわからない不思議な植物として印象に残りました。

草丈は25−50cm。夏に黄色の花を咲かせる。受粉後、数日経つと子房柄(子房と花托との間の部分)が下方に伸びて地中に滑り込み、子房の部分が膨らんで地中で結実する(地下結実性)。
(中略)
花が落ちるようにして(花が受粉して落ちて)地中で実を生むことから「落花生」という名前がつけられた。


落花生のなり方はテレビなどでもよく話題にされるので、最近はもうトリビアではないけれど、半世紀ぐらい前の日本では現代の人たちがカシューナッツがどうなっているのかほとんど知らないぐらいの知識だったかもしれません。


ところで、Wikipediaの「ラッカセイ」に描かれているボタニカルアートも、説明文だけではわかりにくいイメージが一気に鮮明にわかりますね。



<食べ方もいろいろ>


1970年代に入った頃だったでしょうか、ある日母が珍しいものを買ってきました。
生の落花生です。
それを塩ゆでにして食べたのですが、ピーナッツと言えばあの歯ごたえも美味しさのうちだったので、ふにゃふにゃに茹で上がった落花生をおそるおそる口にしました。
脂っこさがなくなり、これはこれでまたやめられないおいしさでした。


あれも輸送網が発達して、産地から離れたところでも生鮮食料品が買えるようになった時代になったからだったのだと思い返しています。


1980年代から90年代にかけて、東南アジアを行き来するようになって、ピーナッツはとても身近な食べものになりました。
こんな食べ方、こんな加工方法があるのか、家でこんなに簡単に加工できるのかと印象に残りました。


街角にはいたるところで、フライドピーナッツが売られていました。
小さな粒のニンニクが一緒に揚げられていて、塩味がついています。
量り売りだったり、あらかじめ20粒ほどが小さなビニール袋に入れられて、手軽にどこでも食べていました。


その地域に暮らして、市場にも出かけるようになって、どこでも山のように半生のピーナッツが売られていることを知りました。
日本で見かける乾燥したものではなく、もう少し生の状態です。
お米の種類がたくさんあるように、何種類もの大きさもさまざまなピーナッツが店頭にありました。


市場から購入して、簡単に自宅でフライドピーナッツを作れることにも驚きました。


小指の爪ぐらいの小ぶりのニンニクをたたいて潰して、油に入れて香りをつけます。そこに半生のピーナッツを入れてニンニクに焦げ色が付くまでゆっくり炒めて最後に塩をかけるだけで、あの街角で売っているフライドピーナッツが手軽に作れました。
もう、やめられない止まらない、悪魔の誘惑のようなお菓子でしたね。


また、日本であれば製菓会社しか作れないと思っていたでん六豆のような豆菓子も簡単に自宅で作っていました。
半生の落花生を一晩、砂糖水に漬け、翌日にそれに小麦粉を混ぜて揚げればできあがりです。


半生の落花生はこんなにも調理方法が広がるのかと、手軽に市場で購入できることをうらやましく思いました。


もっと感動したのは、ピーナッツバターを作れることでした。
ピーナッツバターといえば、60年代から70年代ぐらいまではまだソントンの紙のカップに入ったものぐらいしかなかったのですが、80年代頃になるとピーナッツだけで作られた本場アメリカの製品を食べる機会ができました、
あのピーナッツバターを自分で作れるのです。


市場で売っている半生の落花生をキログラム単位で購入して、自宅で軽くローストします。
それをまた市場にある製粉専門の店に持って行き、ひき肉を挽くような要領で製粉機にかけると出来上りです。
砂糖を入れるか入れないかも、好みに合わせられます。
何回挽くかによって、滑らかにするかツブツブを残すかも自由自在です。
こんなに簡単にあのピーナッツバターが作れるなんて、なんて楽しい市場だろうと、ちょくちょく通いました。
現在のようにアレルゲンの問題を知ってしまうと、ちょっとリスキーですけれどね。


Wikipediaの「日本における生産と輸入」におもしろい話が書かれています。

日本で初めて栽培されたのは1871年に神奈川県大磯町の農家、渡辺慶次郎が横浜の親戚で落花生の種を譲り受け、自分の畑に蒔いたもの。花は咲いたが何も実を結ばないので「こんなもの」と足蹴りしたら地中から鞘が出てきて、地下結実性であることが判明した。経済栽培に向けて、販売先の確保のため、地元旅館に試食を依頼したが「客は喜んだが、座敷が汚されて困る」と断られた逸話が残っている。

本当かどうかわからないのですが、いずれにしても落花生が日本に広がり始めてからまだ、たかだか1世紀半なのですね。
もしこの世にあの摩訶不思議な落花生がなかったら、どんなにつまらない人生だっただろうとおおげさですけれど思います。