行間を読む 63 <「船舶衛生ガイド」>

2月のある日、海を見たくなってふらりと出かけました。家を出た昼過ぎには春のように暖かく晴れて、風もなく絶好のお天気でした。
ところが次第に風が出て、目的の駅に到着した頃には西の方に黒い雨雲まで出始め、吹き飛ばされそうな風が時折吹き始めていました。
いつもは羽田空港に離発着する飛行機は遠くに見えるのですが、その日は真上を旋回しています。
強風でいつもとはルートを変えているのかと思ったのですが、帰宅してから見たニュースで、成田から羽田へと変更になった飛行機だったようです。
その日は、春二番が吹き荒れた大荒れの天気だったのでした。


目の前に見える海は、すでに大きく白波がたっていて、いつもとは様相が全く違いました。
どんどんと雨雲に覆われて、あの高波の恐怖が甦ってくるような風景に、鳥肌が立ちながら早々に帰路についたのでした。



そんな天候の中でもたくさんの船が見えました。
荒れた天候の時にこそ、船や港湾の安全のために働いている方々がどれだけいらっしゃるのでしょう。
もしもう一度人生をやり直すとしたら、海や水に関係する仕事もいいなと時々思うのですが、やはり目の前の荒れた海をみるとびびっています。


航海で怖いといえばこの悪天候がまず第一に浮かぶのですが、それだけでなく、昔は航海中に水を介した感染症でそのまま船ごと行方知らずになったこともあるのかもしれませんね。



<「船舶衛生ガイドライン」より>


前回の「腐らない水」で検索していたら、「船舶衛生ガイド (仮訳) 第3版」(2011年、厚生労働省)を見つけました。
そのまえがきに、この船舶衛生ガイドの経緯が書かれています。

歴史的に、船舶は感染症の世界的な流行に重要な役割を演じてきた。船舶によるひとの感染症の伝播を抑制しようという試みについて最も初期に記録された証拠は14世紀にさかのぼるが、そのとき港は疫病を抱えていることが疑われる船舶の寄港を拒否していた。19世紀には、コレラの世界的流行の広がりが商船の運航によって加速されたと考えられる。世界保健機関(WHO)の報告によれば、1970年から2003年までの間に、100を越える疾病が船舶と結びついて発生したという(Rooney et al, 2004)。


大航海時代以降、新大陸への麻疹などの広がりで先住民族が滅びた話は、たしか看護学生の頃に学んだ記憶があります。
2000年代になると、船舶ではなく飛行機で新たな伝染病が国境を越えて広がる例が次々と起こり衝撃を受けたのですが、船舶と感染症については制御されたように思い込んでいました。


船舶輸送の国際的性格から、船舶輸送の衛生面に関する国際規制が一世紀以上前から設けられていた。

このガイドは1967年に初めて公刊され、1987年に修正された。このガイドの修正第3版は、1960年以来の船舶の構造、設計およびサイズの変化と、1967年版のガイドでは予想されていなかった新しい疾病(たとえば、レジオネラ症)の存在とを反映して作成された


たとえ清水(せいすい)を船内で造れても、その保管や処理方法によってはまた新たな感染症がひろがってしまうわけですね。


たとえばレジオネラ症は、私が70年代終わり頃の看護学生時代には習った記憶もないのですが、90年代初頭には産科病棟でも知られるようになり、「こんな感染症もあるのか」と震撼とさせたもののひとつでした。
シャワーヘッドや加湿器など温まった水分のある場所には発生する可能性があるということで、新生児室での対応を迫られました。


このレジオネラ菌も船舶内での感染症のひとつとして、冒頭のガイドラインの「2. 水」に書かれていました。

在郷軍人病はおそらくレジオネラ症の最も広く知られている形態であろう。これは、過剰なレジオネラ属菌を含む水のエアロゾルの吸引による肺炎の形態である。船舶は、さまざまな理由から、レジオネラ属菌が増殖するリスクが高い環境であると考えられる。第一に、給水源の水質が、補給前または補給時に残留消毒剤で処理されていないか、または残留消毒剤のみでの処理対象となる場合に、衛生上の懸念事項となる可能性がある。第二に、船舶内の水の貯蔵および配水システムは複雑であり、細菌に汚染される可能性が高い。その理由として、船舶内の水の貯蔵および配給システムは複雑であり、細菌に汚染される可能性が高い。その理由として、船舶の移動により、電圧変化(surge)および逆サイフォン作用のリスクが高まることが挙げられる。第三に、飲用水の温度が変わる可能性がある(たとえば、エンジンルームの高温による)。熱帯地域によっては、水温が高いところから冷水システムの細菌の増殖とレジオネラ汚染の発生リスクが高まるところもある。最後に、タンクまたは配管での長期にわたる貯蔵と滞留(stagnation)により金の増殖が促進される。重要なことは、レジオネラ属菌が、シャワーヘッドおよびスパプールで体験する25℃〜50℃の温水温度で増殖する可能性があり、シャワーおよびその他の衛生器具から生じるエアロゾル化を介した暴露の可能性がある点である。船舶に関係する在郷軍人病は、ワールプール・スパ(whirlpoolspa)と関連がある。レジオネラ・ニューモフィラが、一般貨物船の引用システム内で発見された(Temeshnikova et al, 1996)。


「2. 水」では、「船上のほとんどの水系感染症の発症は、人またはその他の動物の排泄物に起因する病原体で汚染された水の摂取に関連している」とあり、腸管毒素原性大腸菌ノロウイルスチフス菌、サルモネラ菌などがあげられています。


船内に清潔な上水道の機能下水道の両方の機能が必要で、何日も陸地を離れて航海するのですから、船舶内の水の管理は感染症との闘いといえるのでしょうね。




「行間を読む」まとめはこちら