事実とは何か 29 <「母乳だけ」で新生児の生命が危機に陥ることもある>

「母乳にはメリットがある」ということは事実です。
ただし、全く母乳をあげられない場合でも、適切に与えればミルクで元気に育てることもできるようになりました。


ところが「母乳育児で簡単に幼い命を救えます」となると不正確な表現だし、とても危険な場合もあると思います。


ヒトは出生後からすぐに体重が増えるわけではなくて、生理的体重減少の時期があります。
その減り方や体重増加期に入るまでの期間は個人差があって、しかもミルクを足せばその減り方を抑えられるかというと計算通りにいかないことが新生児を見守る難しさのひとつです。


また退院までの数日間と、退院してからの生後2〜3週間ぐらいまでのその体重の増加あるいは減少にはどのようなパターンがあるのかさえも、未だに調査されたデーターを見たことがありません。
まだまだわからないことがたくさんあるのではないかと思います。


<予測ができない・・・不確実性>


退院後の授乳をどうするか、お母さんも不安が最も大きいところです。
私自身は試行錯誤しながら、こちらの記事に書いたように、だいたい3パターンぐらいを想定して、「退院後はこんな感じで過ごして、1ヶ月、2ヶ月ごろにはこうなる可能性」という見通しを伝えるようにしています。


ところが、そのパターンの1番目のような「退院時には母乳だけのペースで体重が増え始め、黄疸もピークを越えて、うんちやおしっこの回数・量ともに十分で、1ヶ月健診のフォローで大丈夫そう」とどのスタッフも予測した赤ちゃんに、思わぬことが起こります。


1ヶ月健診で出生時の体重にも戻っていないことが。
赤ちゃんの見た目は、羸痩(るいそう)というほどのやせ方でもなく、脱水をおこしているような皮膚でもありません。
体重だけが増えていないのです。


お母さんの気持ちを傷つけないように、家ではどんな様子であったかお話を伺います。
「赤ちゃんもよく起き、よく飲んでくれたし、うんちおしっこもよく出ていました」と、お母さんもショックを隠しきれません。
「なんてかわいそうなことをしてしまったのか」「なぜ、体重が増えていないことを気づいてあげられなかったのか」と自身を責めて、泣いてしまうお母さんがほとんどです。


体重の増え方が少ないだけならまだしも、出生時体重にも戻っていないことに、私たちスタッフもショックを受けます。
「ああ、やっぱり1ヶ月ごろまでは一日に2〜3回でもいいからミルクを足しておいてね、とアドバイスしておけばよかったのか」「でもそれなら私たち側の心配のために『不必要なミルク』を勧めていることになるのでは」と、未だに答えのでない悩みがあります。


私の勤務先ではも、年に何人かはこういう「予測不能な」状況になる赤ちゃんを経験します。
まして、「完全母乳」を勧めている施設ではどうなのだろう。
なかなか全体像が伝わってくることがありません。



<生後19日目の息子を亡くしたニュース>


「食品安全情報blog」の3月7日の「その他」に「母乳を与えている母親が予想外の飢餓で息子を亡くした:ほ乳瓶は何も悪くない」という記事がありました。

 Jillian Johnsonは生後19日の息子を亡くした。彼女は「ベビーフレンドリー」病院で、息子のLandonには母乳以外は与えてはならないというプレッシャーを感じたという。結果としてLandonは産まれてすぐの数日間十分な量の初乳が与えられず、退院してたった12時間で脱水で心肺停止になった。
 「私達はベビーフレンドリー病院で子どもを産むことを選択したーつまりそこでは全てのことが母乳を与える方向に向けられていた」彼女はPEOPLE Nowに語った。「全ての講義が、それが母乳教室だろうとラマーズ法の教室だろうとー母乳を薦めていた」
Johnsonは母乳以外には選択肢はないのだろうと感じさせられたという。
 「全てが強力に推されていたので洗脳されていた。ほ乳瓶でミルクを与えたら恐ろしい人間がと感じるようになり、決してほ乳瓶を与えないように確保するためにあらゆることをしたいと思った」。
 息子を失った深い悲しみは彼女にとって言葉にするのも困難なものである。

ああ、ダナ・ラファエル氏の「世界中の多くの母親の場合、授乳に失敗するということはもっと深刻な現実を意味します」という憂いが、今もここかしこで起きているのでしょう。


「母乳だけでは新生児が生命の危機に陥ることがある」
しかも母親の教育レベルや経済状態、あるいは栄養や衛生状態に関係なく、どこでも起こりうるのです。
この事実はもっと知られてよいのではないかと思います。

「WHOやUNICEFが勧めているのだから、母乳だけで大丈夫だよ」「母乳だけで育てられなかったのは、スタッフの教え方が悪いから」「安易にミルクを足したから母乳育児ができなくなる」といったひと言が、新生児を危険な状況にする可能性があるのです。



そして大人はこの事実を受け止めて、イデオロギーに偏ることなく、解決策を考えていく責任があるのではないでしょうか。




「事実とは何か」まとめはこちら


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*コメント欄にこんさんがコメントを書いてくださいました。



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