実験のようなもの 4 <ヒトは妊娠中にどこまで泳ぐことが可能なのか>

私が助産師になった30年ほど前に、「マタニティビクス」という言葉がボチボチと聞かれ始めました。そしてそれに少し遅れて、「マタニティスイミング」が出現したのでした。
妊娠中のストレッチは、体型の変化に伴う腰痛などを軽減してくれることもありますし、水中であれば浮力で体重の負荷を減らすことができます。


おそらくそれまでは「妊婦がスポーツをするなんて」「妊婦が水中に入るなんて」と一蹴されていたことが、あっという間に社会へと広がっていったのでした。


ただし、どちらも主治医と相談の上、専門のスタッフがいる施設で無理のない程度で実施するというあたりが「常識」だと思っていました。


その後、あくまでもおおざっぱな印象ですが、2000年代ぐらいになると公共のプールにも一人で泳ぎにくる妊婦さんを見かけるようになりました。
ゆっくりと平泳ぎかクロールで泳ぐか、ウオーキングコースを歩いているので、おそらくマタニティスイミングのクラスを受講した方が自主的にたまにプールに来ているのだろうと思っていました。


ここ数年ほどで、さらに変化がありました。
妊娠30週は越えているだろうと思うほどお腹が大きくなっているのに、クロールだけでなくバタフライでもガンガンとスピードをあげて泳いでいる方に時々出会うのです。
時期がずれているので、同じ人でなく、同じような発想をする妊婦さんが出現したのだと思います。
「妊娠中でも、妊娠前と同様に泳いでも大丈夫だ」と思う方たちが。


ヒヤヒヤドキドキしながら、「余計なおせっかいだけれど、もう少しゆっくり泳いだ方が・・・」と話しかけたいのですが、「何故?」と問い返されても危険性を明確に説明できないもどかしさのまま声をかけられずにいます。


<レースに出場する人まで出現した>


4月14日付けの「SWIMMING WORLD」に、妊娠6ヶ月でレースに出場した選手のインタビュー記事がありました。


ああ、やっぱりここまで来たかと、漠然と感じていた不安が現実になりました。


50m自由形に出場し、27秒59で55位だったとあります。
アリーナ主催の世界大会ですから、トップクラスのスイマーの中では27秒台は遅いタイムなのでしょうが、もし公共のプールでそのくらいのスピードで泳いだら、周囲の人が皆注目し、ため息をつくような速さですね。
しかも、競技ですから当然、飛び込みもあります。



私自身が泳いでいるし、日常的に妊婦さんに接していても、その衝撃や心身にかかる負担が妊婦さんにはどれくらいなのか、全くもって見当がつきません。


日頃から妊娠中のスポーツについての質問をよく受ける立場にあるので、それなりに資料も探しているのですが、今のところまとまった本は、「妊婦スポーツの安全管理」(日本臨床スポーツ医学会学術委員会編、文光堂)ぐらいしか探し出せていません。


その本も出版されてからすでに13年たってしまったのですが、以下に書かれている箇所は、何か新しい情報に置き換わったのでしょうか?

3. 妊娠したら避けるべきスポーツ種目


 妊娠前から行っているスポーツについては、基本的には中止する必要はないが、競技性の高いもの、腹部に圧迫が加わるもの、振動が加わるもの、瞬発性のもの、転倒の危険があるもの、無理な動作やジャンプ、急激に方向を変えるような運動、相手と接触したり相手の動きが予測できないものは避けるべきである。このような運動では、無酸素運動になる可能性があること、筋・関節障害の可能性が高くなることなどからである。例えば、妊婦スポーツとしてよく行われている水泳でも、タイムを争うような試合をするできではない。
(p.21)

たまたま何ごともなかったから大丈夫ということではない。
自然なお産やら水中分娩やら、あるいは完全母乳の流れの中で、どれだけ胎児や新生児に危険を冒させてしまったか。


「私も挑戦してみたい」という人が続いてしまう前に、妊婦さんのレースへの出場を規制した方がよいのではないかと思うのですが。






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