事実とは何か 34 <全体像を把握するためのシステムづくり>

先日の無痛分娩のニュースが気になり、手元にあった「これだけは知っておきたい! 産科麻酔Q&A 第2版」(照井克生氏、総合医学社、2013年)を読み返していたら、そのニュースにでてきた「研究班」の話が目に入りました。


冒頭の本の「Q4 麻酔が原因での母体死亡(帝王切開における30分ルールについて、を含む)」(p.21〜)に、2000年代から、麻酔が関連した母体死亡について正確に把握しようとしてきた流れが書かれていました。

 これまでは、前述したように麻酔が原因での母体死亡も公表されていませんし、その内容も特別な調査が行われない限りわかりませんでした。そこで6年前から、厚生労働科学研究補助金により国立循環器病センター周産期・婦人科の池田智明部長(現三重大学医学部産婦人科学教室教授)を主任研究者として「乳幼児死亡と妊産婦死亡の分析と提言に関する研究」が開始され、現在も継続しています。麻酔科医も分担研究者として症例検討会に参加し、麻酔が原因での妊産婦死亡の原因分析と対策提言に強力しています。現在の麻酔科医の参加者は、日本麻酔科学会教育委員会産科麻酔検討ワーキンググループの4名です。最初の3年間は、症例検討の同意を医療機関から得るのに難渋し、検討した症例数が少なかったためか、麻酔が直接原因と思われる事例はありませんでした。
(強調は以下、引用者による)


この本の初版が2010年に出されていますから、2004年頃から始まったのでしょうか。


 そこで池田班では、日本産婦人科医会の協力を得て、新たな母体死亡報告制度のもとで、検討症例数を増やすことに成功しました。そして麻酔が関与した可能性のある事例に関しては、追加の質問表を送付して調査の精度を高める工夫をしています。検討結果は「母体安全への提言2010、2011」として公表されていますので、是非活用いただきたいと思います。

 このような包括的な母体死亡調査のモデルは、英国にあります。1955年より3年ごとに妊産婦死亡調査結果を公表し、診療向上のための勧告を行ってきました。その報告書の表紙と母体死亡数の推移を図1に示します。この調査には麻酔科医が関わっており、母体死亡理由の項目に「麻酔」が独立してあり、症例の経過と勧告が記されています。このような積み重ねの結果、麻酔が原因での母体死亡が着実に減って来たことが、図からもわかります。日本でも母体死亡調査の常設機関を作り活動すれば、妊産婦死亡全体と、麻酔が原因での母体死亡を減らすことに大きく役立つでしょう。


私のように小規模な分娩施設で働くいち助産師の立場では、時々こうして時間を巻き戻してみないと、周産期医療の大局的な流れを見失いやすいなと、この本を読み直しています。
たしかに2000年代終わり頃から、さらに妊産婦死亡を減らすためにどうしたらよいかというテーマでの記事が、「周産期医学」(東京医学社)などの医学雑誌でも特集が組まれていました。


ここ十数年の「妊産婦死亡の全体を把握するシステム作り」という流れがあったこと、その視点がもう少し伝わるような書き方であれば、あのニュースもまた社会の中で違った受け止め方になった可能性もあるのではないかと思いました。




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