発達する 13 <声を失う>

私は比較的、喉に風邪がきやすいタイプです。
熱はあまりでないのですが、喉が痛くなって、だんだんと声がでにくくなったり、治りかけの頃には咳が長引いたりします。
あ、風邪薬の宣伝ではありません。


一度だけ、本当に声が出なくなったことがありました。
数時間前までは出ていた声が、目が覚めたらもう出ないのです。
何かしゃべろうとしても、「ひーっ」と空気がもれるような音にしかなりません。
なんだか急になさけなくなって、ちょっと泣きました。
当たり前のように喉から音を出していたのに、なんとすごい機能なのだろうと、月並みな言葉ですが人体の不思議さをを改めて考えさせられたのでした。


数週間ぐらい前から、父は声を失いました。
言葉はその少し前に失ったのですが、何か言いたそうに「あ〜」という声はまだありました。
最近は、その音さえもでてきません。
時々、くるしそうな表情で「(あ〜)」と口を開けるのですが、何を伝えたいのか全くわからなくなりました。
もう少ししたら、その表情さえ失う日が来るのでしょう。


父がお世話になっている病棟に一歩踏み入れると、大声で叫んでいたり、最初は意味がわからないようなことをしゃべり続けている方など、ちょっと騒然としています。


もしかしたら、大声をあげつづけていた方は、言葉を失ったあと、声が続く限り何かを伝えようとしているのかもしれません。
本人にもそれが何かわからないのかもしれませんが。


反対に、仕事では私は、「人生で最初の声を出す」瞬間を日常的に見て、そしてどんどんと人に伝える手段が増えていく段階を見ています。


まるで正反対の世界ですが、それが人が生まれて死んでいくまでの発達の過程のひとつなのかもしれないと思うようになりました。
そして、父の声を聞くことができていた日はかけがえのない時間だったのだ、と。






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