発達する 16 <社会に知識が浸透するための時間差のようなもの>

1990年代初頭、東南アジアで見聞きしたエビの養殖とマングローブ伐採や東南アジアの漁師の人たちの生活について話をして欲しいと知人に頼まれ、ある小学校に話に出かけました。


教室に行くまでの廊下の掲示物を見て、「わあ、今時の小学生はこんな言葉を学んでいるのか」と印象に残りました。
その掲示物は「地球環境を考える」というテーマでの、グループワークの内容でした。


「エビと日本人」にも書いたように、1990年代初頭といえば、地球環境という言葉こそ広がり始めたものの、なんだか日常の会話には到底使うことがなさそうな言葉でしたから。



環境庁ができたのが1971年のようですが、ニュースに出てくるのは「公害問題」であって、「環境問題」という言葉に置きかえられ始めたのはもう少し後だったような気がするのですが、そのあたりどうだったのでしょうか。


その日、小学生へ何を話したのか記憶は曖昧ですが、「地球環境」という言葉と視点を既に知っている小学生を前にいい加減な話はできないと、ちょっと緊張したことが強く印象に残りました。


<社会の感覚が「知識」になり、「常識」になる段階でのギャップ>


私が小学生の頃には、公害問題については学んだのですが、「環境問題」やまして「地球環境」は馴染みがない言葉でした。


このあたりが何故なのだろうと考えてみると、当時、工場や車の排気ガスといった公害は各論で、それぞれの問題をもっと視野を広げて全体から考える必要がある段階に入ったので、「環境問題」という総論にまとまったというあたりかもしれません。


言いかえれば、「何かおかしい」「これは問題ではないか」という社会の感覚的な「事実」が地道に検証されていくことで、確固たる知識になっていく段階とでもいうのでしょうか。
そして、最終的には「常識」となって社会に根付いていく。


ところが、「地球環境」を知っている小学生と、その当時の大人の大半がその言葉を考えもしない社会のギャップができてしまいます。
常識が広がる過程ではこのギャップが必ず起こることが、現実社会の難しさのひとつなのかもしれないと、あの小学校での記憶が時々甦ってきます。


このあたりが、「情報が伝わりにくく、変革しにくい」に書いたことの答えのひとつになるのかもしれません。


同じ時代に生きていてもそれぞれが見ているもの聞いたことなどが違うので、なかなか知識が伝わらずに、「今頃、何でそんなことを言っているのだろう」という驚きを感じることもしばしばありますし、私自身もまた驚かれるレベルの知識のままのこともあることでしょう。


それでも、やはり二十数年前のあの小学校の廊下の掲示板を思い出すと、社会全体に「地球環境」という言葉が常識として浸透して、社会全体が発達したといえそうです。



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