散歩をする 46 <福生から段丘をあるく>

福生と聞くと、米軍基地とかアメリカっぽい街がまず浮かんでくるかもしれません。


私にとっては、30年ほど前に関心をもった玉川上水が流れている街です。
少し上流の羽村堰から、何回かに分けて玉川上水を辿った日の記憶の断片があります。



湧水の中で紹介した「東京湧水 せせらぎ散歩」でも福生周辺の湧水が紹介されていて、もう一度あのあたりを歩いてみいと思い立ち、中央線に乗りました。
小春日和で風もない、絶好の水辺のお散歩日和です。


中央線もけっこうまっすぐに線路が続いていますが、青梅線に入るとほんとうに清々しいほど真っすぐな線路が延びています。
先頭車両で窓を眺めるちょっと怪しい人になりながら、久しぶりの風景です。
拝島駅の手前からは、高い木立に挟まれた玉川上水が見え始めます。拝島を過ぎるとすぐに、水喰土公園が見えます。
玉川上水掘削の失敗学の記録とも言える公園です。
玉川上水が見えるだけで、こんなに心が震える感じが甦ってくるなんて、私にも理由がわかりません。


あ、でも今日のお散歩は玉川上水を離れて、違う角度からこのあたりのの流れを見ることです。


<拝島崖線を見ながら歩く>


最初の目的地は、清岩院の湧き水です。
福生駅から南へ数分歩くと、新奥多摩街道の交差点がありますが。そこから先は下り坂になっています。新奥多摩街道を歩くと、多摩川の方への脇道が皆、こんな感じです。


福生市というと、以前、玉川上水に沿って歩いた時には、多摩川河川のそばに広がる平坦な場所というイメージでした。
それが大きな間違いであることがわかりました。
多摩川に沿って通っている新奥多摩街道が、拝島丘陵のヘリであり、そこには崖線がずっと続いているのです。


福生市の説明の「地理」にも以下のように書かれています。

市域は武蔵野台地の西端、多摩川中上流左岸にあり、多摩川の流れに沿って北から南にかけてゆるやかに傾斜し、東から、立川段丘、拝島段丘、沖積低地面の、ひな壇状の三段から構成され、各段丘下には崖線が走っている

拝島段丘北部から立川段丘南部にかけて、羽村市の取水堰から引き入れられた玉川上水が通じ、また拝島崖線のハケ下には湧水が見られ、緑のベルトを形成している。


ハケ」というのはWikipedia「はけ」の説明にあるように、「崖地形、丘陵、山地の片岸を指す」のですが、丸子川のように片側が急斜面になっているような場所です。


このハケ下を歩きながら湧水をみようと、この清岩院をスタート地点に選んだのですが、期せずして長年の勘違いを知ることになったのでした。


<台地の上を通る玉川上水


清岩院とそのすぐそばにある中福生公園には、湧水があり、近くの家のそばを小さな水路が通っていました。
ちょろちょろと水音が聞こえる中で生活できるなんて本当にうらやましいなと、その清流が流れる水路を見ただけでも大満足です。


その清岩院のそばに玉川上水が流れていますが、このあたりから玉川上水ハケの上の台地方面へと尾根伝いに江戸へと流れを変えていることがわかりました。
30年ほど前にこの辺りを歩いた時には、その高低差に全く気づかず、ただ、多摩川に沿って掘削されたくらいにしか理解していなかったのでした。


ハケによって雨水や地下水が隔たれるため。水の多いハケ下では稲作が、水の少ないハケ上では畑作が多く営まれるなど、ハケは生活に大きな影響を与えてきた。


ハケ」という用語をひとつ知ったことで、玉川上水武蔵野台地がより立体的に理解できた散歩となったのでした。




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