数字のあれこれ 30 <声の大きさとか質とか>

以前書いたように会話を聞かされるのが苦手なのですが、なぜどのような状況で人の話し声がうるさく感じ、反対に気にならないのか。
いろいろな要因があるのだと思います。


<話す人の声の大きさの要因>


「声の大きさ」を何か数値化できるのかなと検索していたら、深谷市「騒音の大きさの目安」という資料がありました。
市民からの騒音の苦情への対応のためにまとめたものでしょうか。


この表を見ると、走行中の電車内で成り立つ会話というのは、「うるさい」し「大きな声」あるいは「かなり大きな声」になっています。


ただ、もう少し声を小さくして会話をしたとしても、隣りの人との距離にも影響を受けるのではないかと思います。
隣りの人と体が密着するほどの状況での会話だと、声を小さくしても聞こえてしまいます。
あるいは、座っている人の上で、立っている人が会話していると、声が上から響いてくるように私には感じ取れてしまいます。



また声の質にも、個人差がありますね。
電車内の会話でも声がよく通る人がいて、おそらく本人は少し控えめに話しているつもりではないかと思うのですが、会話がまる聞こえになってしまうタイプの質もあるのかなと思います。
そのあたり、声の質にはなにか分類があるのでしょうか?


あるいは、その声の大きい人と会話している人が「(電車内だからもう少し小さな声で)」と声をひそめているのに、まったく頓着しないで話している人がいると、「声の大きさ」「声の質」以外に「その人の無頓着さ」への苛立ちがこちら側には追加されていきます。


そして話の内容もまた、うるさく感じさせるかどうかの大きな要因かもしれません。
「聞かされたくない不愉快な話」や「聞かされたくないプライベートな話」「聞かされる方が恥ずかしくなる内容」となると、なかなかその不快感を数値などで表現するのは無理そうですね。


そしてプールや浴場などになると、普通に話をしていてもエコーがかかって、声が大きく聞こえます。



「声の大きさや質」を客観化するのはなかなか難しいし、まして気にしていない人もいるでしょうから、それをどう自覚させるかということになるとさらに難しそうです。
だからうるさいと感じないようにしようと、自分の苛々に蓋をしてやり過ごすしかないのだろうと思うことにしていますが、以前に比べて公共の場で大声で話す人が増えた印象があるけれどそのあたりの変化はどうなのだろうと気になっています。
ええ、「昔は・・・」の話になりやすいので心に封印していたのですけれど。




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