散歩をする 59 <野川を歩く>

昨年12月から今年の2月までにいくつか散歩をしたのですが、記録が追いついていません。
忘れてしまわないうちに、冬の散歩の話です。


西国分寺からお鷹の道そして殿ヶ谷庭園から国分寺崖線のハケ下を歩きましたが、それが野川の上流部分です。


一時期、多摩川の近くに住んでいて、二子多摩川のあたりで支流が流れ込んでいることは見ていたのですが、それが野川と仙川という二つの大きな川であることは知らないままでした。


そうだ、野川を制覇してみようと思い立ち、冬の晴れた日に何回かに分けて歩いてみました。



<野川の河口付近を歩く>


地図を見ると、仙川と野川が合流する場所があります。そこを是非見てみたいと思いました。
丸子川の上流部分もまだ歩いていないので、今回は上野毛からスタートしました。


上野毛駅からしばらく歩くと、急な下り坂になり、丸子川の手前あたりから水音が聞こえてきます。上野毛公園の湧水の音でした。本当に、国分寺崖線というのは水を豊かに蓄えた地形であることに感動です。
そのまま丸子川沿いに歩くと、静嘉堂文庫と岡本民家園公園があります。静嘉堂は崖線の上にあり、庭園は急峻な坂を利用して民家園へと続いているのですが、ここもあちこちから水音が聞こえてきます。


しばらく歩くと仙川にぶつかり、下流へ向かって歩くと野川と合流する箇所が見えてきます。そこから20分ほどで、多摩川へと二つの川の水が流れ込みます。



30年ほど前に住んでいた地域に、こんなに複雑な地形と水が豊かな場所があったことを知らなかったことは本当にもったいないことでした。


神代植物公園から大沢の里まで>


東京都建設局のHPに野川流域連絡会というページがあり、「てくてくMAP野川」という地図があります。


神代植物公園から深大寺にかけては急な坂道になり、その下に神代水生植物園があります。以前、少しだけ入ったことがあるのですが、今回はここからスタートです。アイリッシュハープコンサートの後に、散歩をすることにしました。


そのてくてくMAPに書かれているように、深大寺の周辺はあちこちから湧水の水音が聞こえてきます。

深大寺の裏山からの湧水が集まりできた湿地帯を公開したもの。アシ、オギ、マコモ、アヤメなど多くの種類の水辺の植物を観察できます。

12月でしたから辺り一面枯れ草でしたが、私には湧水の流れる音を聞き、枯れ葉の香りだけで1日中いたくなるような場所です。


そこから一旦、坂道を上り、そしてもう一度、急な坂を下りながら野川の遊歩道へ出るのですが、これだけでも国分寺崖線の高低差にワクワクします。
野川の遊歩道に出てからは、その国分寺崖線を右手にずっと眺めながら上流へと歩きました。


大沢橋を越えて宇宙航空研究機構の施設の手前に、広いコンクリートで囲まれた場所があります。そこが「大沢調整池」で、大雨が降ったときに洪水を防ぐための貯水池ということが書かれていました。「大沢」の地名の由来が、こうした地形の特色から来ているのかもしれませんね。


しばらくすると水車が見え、反対側の国立天文台の崖の下に白い花がたくさん咲いているのが見えました。
このあたり一帯が「大沢の里」で、湿生花園や田んぼ、国分寺崖線自然観察路などがありました。白い花はカラーだと思うのですが、12月に咲くものもあるのでしょうか。


夕陽も落ちて来たのでこの日は、ここから調布飛行場へと回り多摩川線に乗って帰宅しました。


<野川の中流を歩く>


野川のまだ歩いていないところを、どこからスタートするか悩みました。だいたいは電車を利用して最寄りの駅から歩き始めるのですが、今回は渋谷からバスで日大商学部前まで行き、そこから歩き始めてみました。
仙川を渡りしばらく歩くと、野川へ向かって急な下り坂になります。地図で見ているだけでは「世田谷」にこんな高低差がある場所をイメージできませんでした。


坂を下った橋のすぐそばに、「次太夫掘公園民家園」がありました。「掘」とあるので用水路に関係しているのかもしれないと立寄ってみたところ、園内のあちこちから水の音が聞こえてきました。水田や畑がそのまま保存されているようです。


後ろ髪を惹かれつつ先を急ぎ、その日は、ずっと右手に国分寺崖線を見ながら野川沿いに歩き、京王線柴崎駅で帰路に着きました。


<昭和から平成の野川へ>


野川のほぼ全域を歩いたのですが、周辺の湧水の多さと清流は期待以上でした。


30年ぐらい前に通りすがりに見た野川の記憶は、ドブ川でした。
Wikipediaの「昭和の流路変更」を読むと、私の記憶も間違いではなかったようです。

戦後から高度経済成長期を経て1980年代前半までは、周辺地域の宅地化が進行し、下水道も未整備であったため生活雑排水が垂れ流されるようになる。流水の大半がそれらからなり、水底はヘドロで覆い尽くされ悪臭を放つドブ川となってしまうが、平成に入り周辺地域の下水道整備がようやく完了し、清流への回復が徐々に進み始めた。これにより各種魚類や水生昆虫、かわせみ、カメなどの生息、回帰も確認されるようになった。しかし、皮肉なことに汚水の減少にともなって水量そのものも減少してしまい、冬季にはしばしば川の水が枯れるようになった。また、水量減少は流路に湿原的な環境をつくり出し、アシの繁茂が新たな生物相を生じさせてもいる。


問題はまだまだあることと思いますが、私が気づかない間にこんなに美しい川や風景が、たくさんの人の手で守られた30年だったのかと、しんみりとする散歩になりました。




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