観察する 52 <プロセスレコードでは何を観察しているのか>

看護学生の時には、「対象の観察」の対象とは受け持ち患者さんただ一人でした。
それだけでも、実習中の状況を思い出して状況を言語化し、プロセスレコードを書くのは大変でした。


検索していたら、プロセスレコード(見本)が公開されていました。アドレスをみると、福岡県社会福祉協議会の2014年の研修資料のようです。
看護学生だけでなく、医療福祉系でこのプロセスレコードが浸透しているのでしょうか。


この見本例を見ると、わずか1〜2分の状況を描いています。
前回の記事で紹介した「ナースのヒント」に書かれている目的のためです。

患者の言語は何を意味していたのか。自分の言動がどのような影響を与えたのか。状況に応じて適切な回答ができたのかなどを、具体的に文章に記す「プロセスレコード」が重要になってくるのです。


「相手が廊下をニコニコしながら歩いてきた」
その状況から、「相手の言動」「その時の自分の考え・感情」「自分の言動・行動」「その時の自分とについて、今振り返って思うこと。気づき」を、思い出しながら書くのですから、結構時間がかかる作業です。


前回も書いたように、本当に自分が記録として描いている状況は事実だったのか、ねつ造とまでは言わないけれども「実習記録のための記録」を作ってしまっていないかなど、プロセスレコードという言葉を聞くと当時のそのような葛藤が蘇ってきます。
そして、相手は本当は何を思っていたのか、わかったと思うのは一面でしかないという相手を理解することの限界につきあたりながらも、こうして観察したことを言語化する必要性は将来何に役立つのだろうか、という疑問もあったかもしれません。


それでも、相手を観察することと、観察している自分をさまざまな角度から見直すことで、思い込みや感情で巻き込まれない訓練になっていくのかもしれません。


少しわかりにく話ですが、プロセスレコードについてもう少し続きます。




<おまけ>


紹介した研修用資料の中では「気づき」という言葉が使われていますが、おそらく私が学生だった1970年代後半から80年代初頭には「気づいたこと」だったのではないかと思います。
「A様」という表現もなくて、「Aさん」とか「A氏」でした。
わずかの違いですが、観察している目的が大きく異なってしまうのではないかと、私にとっては漠然とした不安を感じる変化ですね。





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