完全母乳という言葉を問い直す 40 医学用語でもない言葉が医学っぽく広がる

昨年でしたか、「完全母乳という言葉は使わない」と明言した団体が、「おかあさんたちの気持ちに寄り添っている」かのように、好意的に紹介されているのを読みました。

 

完全母乳という言葉がどこからどういう経緯で出てきた言葉だったのか、そしてそれがひろがったことによって社会にどのような影響を与えたのか、1970年代からの歴史を踏まえていればまた受け止め方も違ったのではないかと思います。

 

10年前までは、周囲のスタッフの中で「完母(かんぼ)」「完ミ」という言葉は使われていませんでした。その後、お母さんたちの中で「完母でした」という人がぼちぼち現れ、気になってこの記事を書いたのが2012年でした。

最近は、私を除くほぼ全員のスタッフが、「ひとり目の時は完母だったそうです」と使っています。

定義もない言葉なのですけれど。

 

2015年には医学的コンセンサスはないとされた「乳頭混乱」も、むしろそのあと、スタッフの中で使う人が増えてきました。

さすがに「インプリしました」は 聞かなくなりましたが。

誰かが使い始めると、「新しい用語を使わなければ」という焦りがこういう広がりを加速させるのかもしれませんね。

 

*「病産院では教えてくれない、赤ちゃんに良いことを教えてくれる人がいる」*

 

最近、お母さんたちの中でも「調べたら乳頭混乱を起こすと書かれていたので、哺乳瓶と人工乳首、ミルクを使わないで欲しい」という方がぼちぼち現れ始めました。

 

きっと赤ちゃんを初めて育てることへの不安からいろいろと調べたのでしょう。

あるいはお一人目の時に吸わせることに苦労して、それが哺乳瓶を使ったからだと因果関係もないのに自責の念にとらわれてしまったのかもしれません。

 

あるお母さんは超難産といえる大変だったお産の後にもかかわらず、最初から赤ちゃんと一緒にいらっしゃいました。

おそらく「生まれた赤ちゃんはどんどんとおっぱいを吸って、吸えば満たされて落ち着く。お産で身体中が痛くても寝不足でもとにかく付き合えばよいのだ、自分が頑張れば母乳もうまくいくはず」とイメージされていたのだと思います。

ところが目の前の赤ちゃんは、大泣きしてもなかなかおっぱいに吸い付きません。ずっと授乳を試みたりあやしたりしてたようです。

産後十数時間たった頃でしょうか、「やはり預けます」ということになりました。

 そりゃあそうですよね。現代の母子同室というのは、人類がかつて経験したことのない、分娩直後の産婦さんが一人で新生児の世話をするという実験のようなものなのですから。

 

ただし「ミルクも足してください、でも哺乳瓶は使わないでください」とのこと。

その方の気持ちを尊重し、預かった後はスプーンでの授乳をしました。

 

最初の2〜3回の授乳は赤ちゃんも哺乳意欲があまりなく、一回に2~3ml程度だったので、スプーンでもそれほど時間はかかりませんでした。

その後は飲んだり飲まなかったり、ミルクをスプーンで口に運んでは吐き出され、また少し飲みを繰り返し、5mlを飲ませるのにも30分以上はかかりました。

 

結局、その赤ちゃんは朝までずっとぐずり、しょっちゅうあやして一晩がすぎました。

でもこれは、スプーンでも哺乳瓶でも、あるいはおっぱいでも最初の24時間ぐらいというのはこういう赤ちゃんもいます。

何かやり方が悪かったというよりも、哺乳行動とは授乳・消化・吸収・排泄の統合的な行動ともいえるのではないかというあたりです。

 

翌日の朝には、まずはおっぱいをクチュクチュと吸うようになりました。

お母さんには、「夜中にぐずりながら何度も胎便を出したので、赤ちゃんも少し次の段階になったのかもしれませんね」とお話しておきました。

 

 *素朴な疑問*

 

でも、もしかしたらお母さんはそのあたり、「やっぱり人工乳首と哺乳瓶を使わないでもらったから吸えるようになった」と因果関係を取り違えるかもしれません。

「病院では相変わらず哺乳瓶や人工乳首を使っている」と病産院への批判的な気持ちが生まれてしまうかもしれませんね。

 

で、素朴な疑問が湧きました。

スプーンやカップで飲ませたら、「そちらの方が飲みやすい」とカップフィーデイングに慣れてしまう乳頭混乱は起きないのでしょうか?

 

医学用語あるいは専門用語っぽいけれど、実はそうではないものに翻弄されているのは、やはり新生児の生活史が観察されていないから人一倍授乳に熱心な人が繰り返し出現し、新たな方法論や新たな言葉を広げては消えて、を繰り返しているのではないでしょうか。「医学的」というイメージで。

 

 

 

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