行間をよむ 80 温故知新

こちらの記事で「私にとってよりどころになる」と書いた「周産期医学必修知識」(東京医学社)ですが、最新のものは2016年に出版された第8版で、私が30年ぐらい前に初めて見た本の2倍ぐらいの厚さになりました。

 

ガイドラインや標準化された内容が紹介されていることもありますが、まだまだ対応方法が統一されているわけではないものの方が大半という印象で、大学や病院によってはこういう考え方や方法もあるのかと参考になります。

「この方法が一番」というものはなかなかなくて、「それをした場合としなかった場合」「この方法と別の方法」の根拠を示していくには、とてつもなく時間がかかるのが医療なのかもしれません。

 

この「周産期医学必修知識」には「周産期医学」という月刊誌があります。時々書店で見て、関心を持った内容であればバックナンバーを購入しています。

7月号が、「特集 知っていますか? 産科主要疾患 最新の定義/海外の定義との違い」でした。

 

私が助産師になって30年ほどの間に、新しく疾患名や定義、概念などができたものや、あるいは、その名称や治療方法が変化した背景など、その歴史の一端が書かれていたので迷わず購入しました。

 

*HELLP症候群の歴史*

 

私が2年目の時に、33週の妊婦さんが突然の血圧上昇と胃痛で来院され、搬送先の大学病院で亡くなられたことをこちらの記事で書きました。

今ならすぐに「HELLP症候群」と閃くのですが、助産婦学校の教科書にも産科医学のテキストにもまだ書かれていないものでした。

 

曖昧な記憶ですが、それからじきに1990年代半ばには、この「周産期医学必修知識」にHELLP症候群のことが必ず書かれるようになったと記憶しています。

 

残念ながらバックナンバーを処分してしまったので、現在手元にあるのは、第6版(2006年)と第7版(2011年)、そして第8版です。

第6版と第7版は同じ方が書かれていますが、改めて読み直すと第7版には少し、歴史のようなものが書かれています。

私自身が読み飛ばしていたのでした。

 

この本を購入し続けていたのは、臨床で遭遇した時にどう対処するかという知識が喉から手が出るほど欲しかったからであって、それぞれの疾患の歴史にはあまり関心がなかったのだと思います。

 

*「HELLP症候群の提唱」*

 

第7版では、「疾患の概念」が以下のように書かれています。

「HELLP症候群の由来は1982年のWeinstein報告に始まる。Weinsteinは過去25年間に経験した溶血、肝機能異常、血小板減少症の3者を合併した29症例をHELLP症候群として報告した。

第8版にも、ほぼ同じ記載があります。

1982年にWeinsteinが、「溶血、肝機能障害、血小板数減少の三徴候」を伴う29例を「HELLP症候群」として報告したことに始まる。

 

「周産期医学」7月号の「HELLP症候群 歴史的変遷を含めた最新の定義」という題名に惹かれて購入したのですが、その記事の「HELLP症候群の提唱」に以下のように書かれていました。

その始まりは1980年にDr.Weinsteinのもとに母体搬送された臨床診断困難な妊婦の死がきっかけだった。症状は子癇前症に加え、出血を伴わない溶血、意識清明低血糖、血小板の減少、肝機能やビリルビンの異常高値であった。確定診断がつかないが急性脂肪肝が一番疑わしく、分娩後に治療を進める予定としたが、治療したにもかかわらず症状は改善せず昏睡状態となり心肺停止状態となった。彼にとっては初めての母体死亡経験であり、死後解剖でもその死について十分に説明することができなかったことから、その死因を究明するために、同様像の妊婦を産科領域まで文献検索して、子癇前症の異型像を見いだした。そして、さらに2年間に29人の妊婦のデーターを集めてまとめ、1982年に溶血(hemolysis)、肝酵素上昇(elevated liver enzyme)、血小板減少(low platelet)の3主徴をもつことから「HELLP症候群」として提唱した。

 

1980年にDr.Weinsteinが遭遇し、2年後の1982年にその概念が提唱され、1990年ごろはまだ教科書的には明確には記載されていなかったのかもしれませんが、搬送先の大学病院ではHELLP症候群の診断名で治療がすすめられました。

この報告が、日本の産科医の先生方の中にも伝わっていたということですね。

 

ああそうなのだ。

私が初めてHELLP症候群のお母さんに対応したその10年前は、まだ世界中で概念もなかったのだと歴史がつながったのでした。

 

医療現場では治療にしてもケアにしても、どうしても「今目の前の人にどう対応するか」が最優先になるのですが、たまには立ち止まってその診断名や概念がいつ頃、どうやって出てきて、どのように変化してきたのか歴史を知ることが必要だと思うこの頃です。

 

そういう意味でも、この特集号は周産期でなじみ深い疾患名のここ30から40年の流れを知るのに参考になりました。

 

 

 

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