医療介入とは 102 重荷のケア

久しぶりの「医療介入とは」についてです。

この記事を書き始めた頃は、「自然なお産」とか院内助産といった流れに対して考えたことを書いていたのですが、ようやく最近、その流れも下火になった感じです。

 

最近は、もう少し自分の中の見方が変化して、医療を受ける側の生活についてほとんど知らなかったと思うようになりました。

 

さて、北上川を見に行ったことを書いたいくつかの記事は、北上川沿いの胆沢地域の資料の以下の箇所を何度か引用していますが、数年前に読んだ時から感じていた、赤字で強調した箇所への違和感が大きくなっています。

住民、特に若妻は競うようにして誘致工場に就労しているため(生活が貧困なためではない)、育児は祖母の仕事として受け止められている。所得倍増、経済優先の志向が住民の心を占めており、この志向を一人一人の住民の健康増進に結びつけるためには関係者の一層の努力と長い年月が必要と思われる。 

 

1960年代から70年代頃の話です。

 

当時なら、「貧しいわけではないのに、子どものことを放ったらかしにしてお金を稼ごうとしている母親」という医療者側の捉え方でしょうか。

反面、当時は無介助分娩から病院での分娩へと変化したり、医療機関にかかることも増えて、経済的な余裕というのは重要なことだったと思うのですが、なぜか、健康のために教え諭すかのような視線になっています。

 

 

指導という言葉に疑問を持たなかった時代から変化しても、こういう医療者側の視点はきっといつの時代にも自分自身も含めて空気のようにそこかしこにあります。

ただ、この一文に感じる私の違和感はなんだろう。

一言でいえば、相手の生活を知らないのに、自分の価値観で断定するあたりでしょうか。

 

*知識と現実の生活との乖離*

 

外来、病棟を合わせると年間数百人の妊産婦さんと接していますが、「私は目の前の方のことを何も知らない」という思いが年々強くなっています。

この方はどんな人生を送り、どんな考え方や気持ちがあるのか。

それはいつも一緒に働いている同僚のことでさえ、わかることなんて本当にごく一部です。

 

以前なら「こうしたらいいですよ」と気軽にアドバイスしていたのだと思いますが、最近は目の前の人の生活にどれだけ影響を与えるかを考えると、言葉を飲み込むことも多くなりました。

 

また受け止め方の変化も多様化していることは、こちらに書きました。

良かれと思って声をかけた一言が、全く違う受け止め方になる可能性もあります。

 

個別性のある看護とか対象に合わせた看護といいながら、相手の生活を知らなさすぎるという思いが年々強くなり、それが看護の限界なのだろうなと思うようになりました。

 

*相手を知らないのに自分の価値観を強める*

 

ところが、看護観という言葉の広がりとともに、「これこそが良いケア」かのように方法論が広がっていきます。

 

わかりやすいケアの方法論(自然なお産とか母乳育児とか)に知識から入っても、目の前の母子や家族は理想通りに経過するわけではありません。

知識と技術を教えれば、だいたいの方は赤ちゃんの世話に慣れていかれますが、自分たちの理想通りにいかない親子に対しては、冒頭の視線に似た見方をしてしまいやすいのではないでしょうか。

 

もしかすると、「こちらが説明したことを理解してくれない、言った通りにしてくれない」と思われてしまった方は、その方なりに退院してからの生活に目を向けているのかもしれないのですけれど。

 

うまくいかないことも含めてじっと見守る。

理不尽な人生の葛藤に対し簡単には手も足も出せないけれど見守るのが重荷のケアであり、看護はここに尽きるのではないかというあたりまで私の気持ちが変化したのですが、さらにどう変化するのでしょうか。

 

 

「医療介入とは」まとめはこちら

合わせて「ケアとは何か」もどうぞ。